合宿1309

  • 2013/10/07(月) 18:14:26


 クリップとしては年間最大のイベントである合宿。
今年も無事終了しました。
今回も実施場所は一緒。

 参加児は幼児から中学生までの、計12名。
これに指導側と保護者を加えた参加人数は..
ほぼ昨年と一緒の規模ですね。

 昨年9月→今年の1月と連続で、この規模の合宿をまわして..
なんだかんだでひとが多く動くと、
それなりにいろいろと雑務が生じ、
ほんとにいい加減きっついなぁ(笑)
と思うことしばしばだったのですが。。

 今年は意外なほど..楽でした。

 楽な理由はひとえに、
児たちの動き方を変えたためと思われます。

 これまでは5名前後のグループを設定して、
それぞれに担当を決めて動かしていましたが、
今回は児たちを2名一組のペアにして、
指導側はそれぞれのペアの上位者にのみ集中的に指示を与え、
その形式で動かすことに専心したら..

 そこそこ楽なのです。

 上位者がだいぶこちらからの指示を理解して、
動いてくれているし、
これまでは保護者の方に手伝って頂いていたような雑務の多くにも、
彼ら上位者や指導経験の長い児たちを
どんどん投入させることができるので。
(児たちもそうした事柄に対する意識が上がってきており、
 総じてお手伝いが上手になってきている)

 そうした上位者(*年齢と指導歴が比較的長い児)が..
自分の面倒をみることを超えて、
他児の面倒を見ることが、
ようやく..意識としても技術としても、
できるようになってきて..

 子どもたちも、ここまで育ってきたのだなぁ!

という感慨に駆られるのでした。

 指導側としても、この形式の方が楽ですね。
5名程度のグループに声をかけても、
便宜上のリーダーは居るもの、
その児だけでは全体を見れず。
それ以外の児は責任意識がない/拡散しているので、
指示が入りづらい。
 この形式だと、少なくとも半数の6名は
上位者としての自覚と責任感
(限定された。それ故に理解しやすい)
を維持できているので。
こちらとしては基本的に上位者に指示を与え、
その動きを見守っていればよい。

 こうした構成/設定については、
2年前くらいから..
合宿の度に検討はしてきたのですが、
(動機や経験や能力を含め)
そうした上位者として動ける児が、
「それなりの人数」存在しなければ実行できない状況だったので。
それが今回でどうにか、実現したというところです。

 自身の行動制御にもそこそこ問題を抱える児が、
そうして上位者として下位の児の、
「他人の面倒を見る」
という経験の重要さについては、
これまでも述べてきた通り:

http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-299.html
とか。

 勿論上位者の児たちも、
活動の中で、それぞれなりに相方の児にひっぱられ、
自分自身のしたいように物事が動かないことへ
次第に苛立ちを募らせたり、
それが実際に児同士のトラブルに発展したり..
やってみればいろいろあったりはしたのですが(笑)

 そうして「他人を困らせる児」という在り方が、
実際には自分の似姿である:

 自分自身も、学校等同年齢の児たちの中で
(情緒的に安定していたり社会性技能において当人を遥かに凌ぐ)
「普通の子」/定型発達児/者たちに、
日々..概ね同様の「不自由さ」や理不尽さを感じさせていたり、
他者に迷惑をかけているという事実に、
気付くことができれば..

 それはそれで、
自身の状態や特性への気付き(や修正)にも繋がるし、
当人にとっても興味深い経験になるのであるけれど..

 まぁ今回は、さすがにそこまでは期待せず..
そうして苦闘したりパートナーと一緒に楽しく関われるときもある、
児たちを見守っていたのでした。 


 この辺りについてはやっぱり..
「6年目」のクリップとして、
長い時間をかけてはじめて見ることのできた..
そうした景色なのだろうなと思います。


 その場その場で、できるだけの..
「よい仕事」:よい指導やよいアドバイス
等をすることも大事なことですが、
 一方でその指導なり相談を
一定の期間きっちりと「続ける」こと..

 その「続けること」
の大事さというものについては、
最近になって考える機会が、多いのです。


 ..まぁ、その辺は、いろいろあるんです(笑)


 合宿勉強会では「ひきこもり」をテーマに、
資料を作りました。

 昨年の「道徳観念の発達」の勉強については..
聞いた方達の勉強になったのかはともかく(笑)
作った当人の私にとっては、
その後1年の時間をかけて..
自分の中で当該テーマについて改めて考えたり、
そこで得た知見を参照する機会も多く、
総じて「結構役に立つ」ものでした。

 今回も概ねそんな感じで。
無論今回も「発達障害を絡めた上での」
ひきこもりの考察になるわけですが..
 原因論の追求も無論大事ですが、
対処法(*予防法の方がより現実的で、重要ですが)
について考える際、
それが発達障害(を有する個人の少年期や青年期)
の思考上の特性やその支援についての発想に対し
新たな光を投げかけたり(*あくまで私の中で)..

 そんなこんなで、今回も大いに勉強になりました。


 ブログまわりのこと:
最近は更新頻度が実に落ちがちなのですが..
ネタ自体は相変わらずそこそこあるのですが。
何分忙しいですね。特に今年はいろいろあって。

 とりあえず現状で使用しているブログが
12月に廃止になるようなので..
まずは引っ越しの作業をせにゃいけません
(5月辺りのブログのトラブルも、
 廃止の前触れだったのかも)。

 ..まずはそっち優先で頑張らねば。

グループ

朝

集合写真

とにかく、暑かった..

  • 2013/08/13(火) 23:53:30

 お泊まり会ネタが続きますけど..


今回で18回目。

今回も泊まり場所は私の家なのですが、

夕食はクリップで。その後家に移動して風呂と就寝

と、それはそれで初のパターンで実施
(まぁ..いろいろ事情があるのです、その辺については)。

 前回7月実施時は、
銭湯の後、夜だというのにとんでもない暑さの中を
家まで移動するだけで、皆汗だくになったものですけど..
その辺りは正直今回の方が、楽。

それにしても..
二日目、8/11(日)の暑さは半端でありませんで。
7月実施時の暑さなんざ遥かに凌ぐ、凄まじさでした。

 近所の(まぁ、大概は行く)動物公園に行って、
..それはそれでお子さん方大興奮で、
連れてった方としては嬉しいのだけど(笑)

あまりの暑さで1時間半で撤収しました。
そんな凄い暑さでした。


 今回の参加児は..
お泊まり会としてはこれまでで最年少級で、全員未就学児。
クリップとしてもまぁ、
グループ指導の範疇では、
現状最強かわいこちゃんチーム、なのでした。全員♂だけど。

なもので、とりあえずどちらを眺めても、かわいい(笑)


(1)

 初日夜の食事は、近所からお弁当を取り寄せて実施。

 冷静に考えると、クリップ内で食事指導をしたことは、
これまで..1度、あったっけ(私が主導ではなかった)?
というくらいだったのですが。
 
 「自分の」テリトリー内なので!
(他の状況は、合宿もお泊まり会も、
 なんだかんだで公共の場での指導となるので)

 時間を気にせず、かなりじっくりと!
子どもたちの食事に向き合うことができたのは..
なかなかに貴重な経験なのでした。

 食事場面の観察や指導については、

前回の更新

http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-317.html

でも触れているのですけど。

 それを切り口にして、家庭での関わりの様子や
子どもの行動/心理面の特性を改めて眺めることができて、
面白い。

 とりあえず乳幼児が手づかみの段階からスタートして..
そうしてつい伸びる手の動きを抑制して!
スプーンやフォークを用いる段階へ至り、
更により複雑な箸を扱うという、
その一連の過程自体、
「人間として」、高度に自身の衝動を制御し、
自分の動きをコントロールしていく過程なわけで。

 その技術を..
勿論周囲の者から指導を受けつつではあるのですが、
獲得していくその過程自体、
発達や適応と大いに関係のある過程なのだよなぁと、
改めて思うのでした。

 まぁ器用とか不器用とか、
本人の資質も問題にはなるのだけど、
その技術(箸を扱う)までは、
日本人が生きていく上で、
最終的に殆どのひとが身につける技術なので、
それをどういうペースで、どの程度効率的に、
児たちが獲得していっているのかを眺めれば、
それはそれで児やそれを取り巻く環境についても
一定の洞察が得られるのでした。

 これは、面白かった。
今後も機会を設けて、やりたいなぁ。

(2)

 今回の児たちの最大の特徴は、
その幼さ/ちっちゃさ
にあるわけで(何せ全員電車バス無料だし)。
それ以外の側面について言えば、
より年齢の高い児たちと、勿論似た傾向を有している。

 それは自己中心性だったり、こだわりだったり、
認識の堅さだったり。

 なのですが、対応していて..なんか妙に、楽。なのです。

 年齢を経ているということは、それだけ、
長い時間を生きているということで、
それは場合によっては..それだけ長く、多く、
(自己中心性であれば)自分中心に事物を認識し、
判断し、振る舞い..
(残念ながら)それを周囲から修正されることなく、
総じて適応上”誤った”行動パターンを、
より強く自身に刻みつけた状態である。

..という見方もできるのかもしれません。

 勿論当人の中で更に認識の水準があがっていけば、
ある段階で再度、他者との関わりを重視したり、
他者の意見に耳を傾ける要素が発現することも、
あるのかもしれませんけど。


 今回の児たちはその辺り..
実になんというか”未開拓”な感じで..

 細かく見れば勿論..
いろいろあったりするのですが、
私や指導側の示す命令については、
概ね拍子抜けするほど「素直」に、
これに従うという特性を残しているのでした。
まぁなんというか..
適応的にややこしい感じの意味合いにおける
”自我”というものが、
まだ彼らの中では強くない、
という感じなのかもしれません。

 対応に際し、身体で止める必要もなければ、
強い口調で対応する必要も、殆ど、ない。 


 そうした児たちの様子を見るに..

やっぱり鉄は熱いうちに打つと、楽なんだってことだよなぁ!!

 との思いを..新たにするのでした。


 それが年齢を経て、個人の..

 特に適応的に誤った志向や認識が、
環境の中でそれと見出され、修正されることなく
当人の中で定着した/”固まった”状態の児だと、
日常場面における関わりのあちらこちらで..

いろいろと軋轢が生じてくるのですけど。

 
(3)

 もうひとつ。
今回改めて考えたことは、
大人から子どもに対して行われる
”配慮”の意味付けについて、でした。

*関連する内容として:
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-304.html

 クリップに来ているくらいなので..
子どもたちの親は、勿論”いい親”であることが多いのですが、

”いい”親は、往々にして優しい親でもある。
自身の..人間として能力自体も高く、
共感性も(..まぁ大概は)高いので、
つい子どもの困り具合を見て、配慮をしてしまう。

 その配慮が子どもを楽にさせ、
精神的に安定させることもあるのだろうけど、
一方でそうした配慮は、
子どもが本来努力すればできる課題を取り上げてしまったり、
子どもが自分の力でしよう!
と思っている意欲を阻害してしまったり、
することもある。

 実際..クリップの子にしても定型発達の子にしても、
その辺り、ある程度(能力的に)なんとなーく
”配慮を欠いちゃった”感じの親御さんの下で、

 ..結構よい適応を示すに至る子も、
居たりするのを目にすると。

 子ども(*の発達)にとっての
”よい”親って..
何なのだろうな?
と考え込んだりしなくも、ないのでした。

 おそらくはそれに対する完璧な答えはなく、
せいぜい「このタイプの子にはこういう親だと、いい感じ」
程度のパターン認識がかろうじて成立する、
くらいなのでしょうけど。


 「いい人/優れた人」はその人なりに、
自分以外のひとについても皆
(*いろんな意味で)「いいひと/優れたひと」
と思ってしまうのは..
これまた以前にちょと触れた
Ego-centric Predicament
の影響によるものなのでしょうけど。


 私が思うに..
心理職と同じく、療育に関わる者もまた..
「いい人」であるだけでは、
容易に務まらないんだろうなぁと思うのでした。はい。


夕食

就寝

公園

リスクの高い、お仕事

  • 2013/07/17(水) 11:22:55

 お泊まり会(17)が、無事終了しました

児は小学校低学年-中学年の5名に指導側が3名。


 今回最大の敵は、
とにかく暑さ! でしたね..

 5月くらいから、
この時期に、この面子での実施時には、
比較的軽いハイキングでもしようかなと思ってはいたのですが..

まさかこんな、とんでもない暑さにぶつかるとは!
という気分なのでした。
(まぁ今思えば..
もうちょっとはリアルに想定しておいてもよかった、気も)


 実施直前も、二日目に先週の..
連日猛暑日クラスの暑さと日差しにぶつかったら、
そのときは早々に諦めて、
見学系の施設に行こうと思っていました。

 初日の夜の熱帯夜っぷりだけで相当に凹みましたし、
(銭湯を出て宿泊場に至るまでに、皆汗だくだく..)
二日目当日も、朝から蒸し暑い状況で始まり..

 北鎌倉→長谷に至るハイキングコースのスタートに達する以前に、
途中の戸塚駅(私は大学時代ここに通っていた)で皆と衝動的に降りて、
ここでボーリングでもして帰ればいいかなぁ..
と半ば本気で思ったものです。


 で、実際ハイキングしてみれば、
それはそれで結構楽しかったです(笑)

 5月に独りで踏査したときには、
それなりに疲労した記憶があるのですけど、
子どもと一緒で、子どものペースで
(特に今回は、全体に
 「決して急がない!適時休憩をとる/
 命じられたら必ず水分補給する!」
 の指示を徹底していたので)

 登れば、それはそれでゆったりと、
周囲の環境や自然を楽しめるものなのでした。

 諸事情あって、これまでロクに山に行ったことのないという児も
後で 「山、超楽しい!」とか言っていました。はい。


 総じて、わざわざ怪我や事故や熱射病、
その他の各種面倒事に直面するという点では..
今回は特に、チャレンジでもあったし..
「リスクの高いお仕事」でした。はい。

 でも、そうした経験から得られるものも、
確かにありはするのです。
 運営側としては、
「リスクの部分は常に、減らしておきたい」
というのが本音ではあるのですが、
そうしてルーチンワークに終始していると、
いろいろと..精神的に淀んでしまう部分もあったりするので(笑)


その他:

・食事の摂り方というか、マナーって..
 やっぱり大事だなと思います。
 正直私自身、その種のマナーが決して良い方ではないのですけど..

 「食べ方が雑で、汚い」ということが、
 当人の評価にもたらす影響というものは..
 すごく大きいなと思います。

 最近観た、昨年公開のある映画
 (私はそれを「子育てホラー映画」と評する)
 作中での主人公の超美系少年(で、サイコパス)..
 細部まで洗練されきった所作と、
 それと対照的な..とんでもなく汚い食べ方の対比が、
 演技として、映像表現として、実に見事で(笑)
 
 食べ物を弄ぶ子も、とにかく食べ方が汚い/なっていない子も..
 (毎度のことですが、お泊まり会は指導の場ではなく、
 平素に近い様子をチェックする場。
 まぁ余りに目に余る部分については、
 最低限指導は入れていきますけど)
 
 その当人たちの人柄や性格とは別個に!
 そういう水準でのダメさを目にするだけで..
 「ほんっとに、ダメ」な感じに見えてしまうんですよね。


・日々の指導やグループ、
 合宿やお泊まり会等の関わりを通じ、
 それなりに性格や価値観、行動特性を
 理解できたと思っていた児なのだけど、
 その児が(特に行事関係では)いつも一緒に居る他児がいないことで..
 意外なほど、その行動なり動き方が、
 変化するのだなということに、気付きました。
 当人は当人なりに、その「一緒の児」と居ることで、
 これまで自分の行動や強烈な反応をある程度抑制したり、
 規制したりしていたのであり、
 そのタガが外れたことで..
 今回は児の新たな、良い部分も悪い部分も..見えてきたのでした。

 ..それは勿論ひととして「当たり前のこと」ではあるのですけれど。

  人が社会的な動物である以上、
 個人の行動が、完全に環境や周囲の他者の影響を受けないことなど..
 あり得ない。

  当方で関わる児たちは、
 一見「個性が強い」子に見られがちですが
 (能力や行動面で他者からの逸脱があるからこそ、
 当方に来ているわけで。
 それが個性なり自我の強さと受け取られることも、
 あるのだろうなとは思うのですが)
 
  私は、彼らはむしろ、
 通常の児よりも雰囲気や環境要因に
 「流されやすい」ひとたち、
 なのだよなと思います。

 (私が思うに、彼らの自我なり固有の意志というものは、
 特に突出して強いというわけでは、ない。
 その意志が「強い」と映る者についても..
 実際にはそのとき、
 「あるひとつの事物についてしか考えることができない」
 ”イノシシ(猪突猛進)”っぷりから生じたものであり、
 私は、そういう行為を「意志が強い」とは特に思わない)

  だからこそ、そういう部分での弱さを持つからこそ、
 その側面で児が「強く」なるまでの期間は..
 固有の、それなりに強固な自我をもち、
 それをもって自身を調整できるようになるまでは、
 環境の方が、当人を規制するシステムが、
 児に対し適切な性質のものであるように、
 配慮されている必要があるのだよなと、今回改めて思いました。


  真の意志の強さは、
 その種の猪突猛進/過剰な一点集中、によってもたらされるのではなく、
 葛藤:自分の意志や願いと、
 それに拮抗する現実(他者の意志とか命令とか)
 の間で、自身を調整したり妥協したり..
 
  そういった様々な関わりを経る中でこそ、
 初めて生じるものだと、私は思います。
 
  そういった形での葛藤というものを年齢相応に経ていない児は、
 いくらかしこくても有能でも人柄がよくても.. 
 最終的に様々な逆境に適切に対処できるひとには、なれない。

  そして逆境のない人生は、基本的に、ない(笑)
 というのが私の基本的な人生観なのです。
 

  一方で葛藤も逆境も..それが存在しない人生って、
 面白いかぁ? とも思うのです。
 (逆境しかない/葛藤しかない 人生というのは..
 まぁ最悪の人生だとは思います)

  私の目の前で、逆境に向き合ったり、
 葛藤する児たちの顔は..

 常に魅力的だし、私は好きです。

源氏山公園

記念写真