正月雑感

  • 2010/01/03(日) 23:01:33

今年は..
寝正月です。

・年末に昨年分の日記を読み上げてみると、
「…疲れた」の文言が多い(笑)
 やっぱり体力はつけないといけませんねぇ..

 一昨年の一時、筋トレに励んでいたのですが..
”自分の死”が近づいたので、休止しました。
*私はかねてより周囲に「体重が○0kgを超えたら死ぬ」と宣言していた。
 当たり前ですが、筋肉は重たいので、つけると体重は増える!のです
 …まぁ実際にはその先の「代謝効率のよい身体」を目指していたのですけど..
  同じ文脈で、「IQが○○(←数値)切ったら..」と宣言しようとしたら
 当時の同僚に「どっかで切りますって」と断言された。
 のでこれは即座に取り下げた。

 でもやっぱり、基本的な運動量が減っている、のかも
(単純に施設の広さが違うだけで、結構運動量って、違う)。


・昼寝って、日常そんなにしません。
私は寝つきがよい方ではないので
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-154.html
昼に少しでも寝てしまうと、夜は眠れなくて、困る。

 つまり、この領域での「○○せねばならない」の規制が、多い。

 そんなことを気にせず、寝たい時に寝られる!
というだけで、この時期は幸せなのかもしれません..

 そんな私は常々、

どこでもいつでも、どれだけでも!寝ていられるひと
どこでもいつでも、したいときに即座に排泄できるひと

が、羨ましい。
 私は生来嫉妬という感情が薄い方だと思うのですが
(要するに「他人は他人だしー」という感覚が強い)
この二点だけは!素直に羨ましい。
先日のお泊まり会でも、約1名は明らかにそちら組で…羨ましかった。

 …私の観点からすれば、
それは「鈍い」ってだけなのかもしれません。
(私の方がつまらないことに敏感すぎる/こだわり過ぎる、という言い方でも、勿論よい)

 何というか、ある程度幸福に生きていくには、
ひとはその種の「鈍さ」を適度に身につけている方が得策なのだよなぁ、
と思うのです。

 ある仕事を長いこと続けていくにあたり、
意外に重要な要素として、
「その仕事において生じるプレッシャーに対し鈍感」
ってことがあったり …するんじゃないかなぁと、特に最近思う機会が多い。

 かくいう私は、こと仕事に関わる部分についていえば
(それを鈍いというと、流石にアレですけど..) 
個々の問題意識を必要以上に引きずらないタチなので。
それは「向いている」ってことなのかなぁと。
 

・今日は職場に出向いて年賀状を回収したり、
 仕事初めに備えて細かな準備をしたり。

 帰りに初詣に、行きました。
*基本的に信じる対象を強くもたない私でも、流石に初詣には行きます。
 お参りする内容は仕事関係その他..まぁ自分を鼓舞するような内容、でしょうかね..
…湯島天神に行こうとしたのですが、余りにも人が凄いので、神田明神にしました。
(例年は結構明治神宮とかなのですが、なんかあの規模で並ぶ気力が生じない)

 …自分一人でも移動が困難なのに
*私は「自分のペースで自由に歩けない」状況下で、結構苛立つ
ご家族連れは..大変だなぁと、こういう場面では、思います。

 気のせいかもしれませんが、やっぱり今年は、
そうそう幸せ一杯なご家族、というよりも..
全体に余裕のなさや悲壮感のようなものを感じなくもない。

 私自身はもろにロスト・ジェネレーション世代なのですが、
*こと受験に関して言えば!常に最悪の競争率を強いられた世代でもある
就職活動自体そんなにしていないし。
 …バブルでいい目見た記憶もないし、別に見たいとも思わなかったし
(そもそもお金を稼いでも、強烈に欲しいものがない)。
なので私個人的として「不況」というものを実感したことは、
これまで殆どありませんでした。
その辺りの流れとは別に、
自分なりにお金を稼いだり稼がなかったり、してきただけで。

 クリップ自体も景気的に最悪!なところから始めたので、
(つまり景気の復興に当て込んで始めたわけではない、ので、
 最初からある意味”本当に真摯なニーズ”を中心に、対応できている。
 …これはむしろ利点ともとれるのかもしれません。
 一方で他所の民間機関では”ケースが減っている”という話も、聞かなくはない..)
別にその種の悲壮感は、ないのです。

 勿論景気がよくなれば、
それはそれで悪い要素ではないのかもしれない、のですが..
 …よくなればよくなったなりに、
人はきっと、自分の身の丈に合わない幸せや稼ぎや儲けを、求めてしまうのでしょう。
*この辺り、私の人間観はやはり性悪説っぽい..

「身の丈に合わせる」って、簡単なようで難しい。
すべからく「バランスをとる」ということが困難であることと、一緒でしょうね。

 私も今後は、その辺りについても(「給料を貰う」という立場でない以上は!)
それなりにいろんなことを考えて、生きていかねばならないのでしょうね。

…合わせるもなにも「常に寸足らず」って状況も、想定できなくはないのだけど..

誰かに似ている..と思う、キングフロスト

神田明神イメージ

マフラー

  • 2009/12/02(水) 23:45:24

 12月に入りました(私の生まれ月です)。

まぁ順当に寒くなってはくるのですが、
私は基本状態で寒さには強い方で
(初対面のひとに「先生は北国のご出身ですか?」
と言われることは多い。「北海道のご出身ですか?」と名指しされることすら、ある。
それって要するに色白なだけだと思うのですが..)。

 勢い冬でも軽装になりがちなのでしたけれど、
10数年前に先輩から
「なんか上に着ろ!お前は寒くないかもしれんけど、見ている俺が寒い
と言われ、「なるほど、そういうこともあるのだなぁ」と学習し、
今はそれなりに「寒々しくない」外見についても気に留めるようにはなっています。
(私はなんだかんだで、その先輩に言われたことはきちんとしている..
 * http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-160.html
 とかも参考に..)

 中学受験の関係で通っていた塾に
真冬でも白無地半袖Tシャツ&短パン(要するに体型も含め裸の大将モード)
→絶対に変化せず! という、余りにアレな服装の同級生がいて、
…今冷静に考えると、彼には「やっぱり発達的に何かあった」気がします。
(勉強は並外れて優秀だったので、案の定当時の最難関中に進学しましたが..)
服装も、発言内容や趣味やその他と同じく、
余りに周囲からど外れたズレを示すと、まぁそれは何かの(発達的)サインになるのかな、と。


 そんな私も、今年になり生涯初!のマフラーをしてみました(笑)


 寒さを防ぐには基本的に断熱!
→首回りから風寒気が入ることを防ぐのが重要であるということは、
元より頭ではよく分かっているのですが..

 私は従来より絞まるもの、絞めつけるものの多くを嫌うところがあり、
今も基本的に手首周りが絞まるのが嫌で、大概の場合は袖をまくっています。
腕時計も基本(絞まるので)苦手で、大学に入った頃から懐中時計にしています。
 首も同様で「絞まるのは、厭」なのです。
中学の制服は詰襟でしたが…本当にイヤ!でしたね。
よく通えたものです(高校からは私服だった)。
ベルトも..結構好きではないので、
直ぐに緩められるタイプの、まー安っちいものをわざわざ選んで使っています。

 教育実習でネクタイ締めるのも一苦労で..
背広やジャケットもカッチリした印象で、
そのせいで元来毛嫌いして「私は会社員にはなれない!」
と決めつけていたのですが、
…これは着てみると案外嫌ではなかった(笑)
(いくらなんでもそんなに着心地が悪ければ、ここまで普及しない道理で..)
 シライには
「(背広とか)さぞかし似合わないでしょうねぇ」
と言われるのですが、自分でも意外なことに、結構似合います(笑)
 そうして鏡を眺め
「…外見だけなら社会人のようになれるのだがなぁ」と思うこともあります。
*もはや背広を着る機会は「どっちかの式」くらいしかありません


 結論としては、
(性格的に)余りにダボダボしたものも嫌いなのですが(笑)
絞めつけるものはもっと嫌い、と。


 …これらは、皮膚の感覚過敏の派生現象、なのだと思います。

 私も幼少期には
(親もその辺りの私の苦痛が理解できていなかったし、
私自身、自分の苦痛の原因が衣服だと考えていなかったので!)
本当に、衣服が肌に合わない、チクチクする/絞めつけるという
「只それだけのこと」で、
物凄い疲労を感じたり一日中イヤな汗をかき続けだったり..
…その辺りの記憶は未だに、あります。
別にそれで誰かを恨むでもないのですが。

 だから発達障害をもつお子さんの中で、
「特定の衣服に異常に固執する子」
の気持ちは、なんとなく分かるのです。
その子からすれば、その特定の服からしか
着て「大丈夫!」と確信できる状態は、得られないのであって..
それで(往々にして当の本人も理由の分からないまま)固執しているのだろうな、と..
…勿論服に描かれた○ーマスとか○ンパン○ンとかへの固執
ってことも、ないではないのですけど..

 先日も某所で述べてきましたけど、
感覚過敏をもって生まれた子にとっては
(勿論「過敏」と一口に言っても、その強度や融通の利かなさは千差万別なのですが)
生きること、日々を送ることが、それだけで戦いであり、
…ただ生きているというそれだけで、
物凄く疲労/消耗させられることであったり、するのです。
それが「感覚的に普通」のひとにはどうにも理解できないようで..

 「問題を抱えていないひとが問題を抱えるひとの気持ちを理解できない」
のは、人間としては至極当然のことだ、とさえ私は思っているのですが、
それでも偶にはその普通のヒトの「鈍感さ」(と敢えて書いてみる)
が憎たらしく感じることも、あったりはするのです。はい。


 …なもので、とりあえず個人的な服選び状況では
・肌さわりのいい素材であること
・首や袖を絞めつけないもの
を最重要視しています。

 服に求めるのは所詮機能であり、
それは冬服なら防寒!夏服なら軽快さ!とかであって、
その前提として「素材の肌触り」が、あるのだと思います。
 まぁ私にとっては(例によって)色やデザインや外見全般はどうでもよく。
しかし(機能は好きなので)小さい頃から
ファスナーの数やポケットの数、ボタンの数にはそれなりに執着があったり(笑)
多分今でも他の条件が全て同じなら、ポケットの多い服の方を選ぶと思います。
 その辺りを気にしているお子さんとかを見ると、
何となく共感してしまうこともあるのですが..

 逆にその種の着心地/機能よりもファッション性を重視しているヒト/子どもを見ると私は
「とりあえずこのヒト、視覚/触覚レベルでの感覚過敏は無いのだろうなー」
と思うわけです。


 …まぁそんな私も!
30代半ばを過ぎて!マフラーを巻けるくらいまで「感覚統合が進み」ました!
というのが今回の主旨なのですが(笑)


 マフラーって..巻き方とか考えるの、すんごく面倒くさいですね(笑)
買ったは買ったで晴れて他人のマフラーの巻き方等も、
それなりに気にして、観察もするようにはなっているのですけど..
 そういう「どんな風にしてもいい!」というのは..
やっぱりある種の発達/人格特性にとっては、苦手なんだろうなと思います。

*マフラーと言えば..
 初期の仮面ライダーはマフラーをしていましたが、
 後に廃止傾向に進んだ(最新のWは!特定フォームだけ例外的に、している)のは、
 ライダーの扮装をした当時の子どもがそのマフラーのせいで
 事故を起こしたからだ、という説があり
 (自転車やバイクの車輪に巻き込まれた/ジャングルジムで首つり状態になった
 など諸説あり。ソースは不明)、
 私はそんな話を聞いて、益々絞めるのが怖くなったりしていたのですが(笑)


 …結論としては
「やっぱり暖かい」
です... 

マフラーイメージ

地図読み

  • 2009/08/18(火) 23:11:01

本日は「地図読み」の課題を実施。

実施するにはそれなりに理由があるのですが、それはそれとして。

 当たり前ですが、机上で勉強したり頭を使ったり(使わせたり)しても、
実地に移さないとどうしようもない!ことって、多い。
それを言えば、療育の過程で実施される殆どの課題が、
「相談室状況でだけ実現されても現状で応用されなければ意味が無い!」
って感じは常に、するのですけど。
 特に今回の課題では「机上でどうこう言っても仕方が無い!」感が強いので、
実地にやってみました、ということで。


 地図を読む/理解する機能って、考えれば考えるほど、
能力の個人差や方法論の違いなどの個体差が大きい領域な気がします。
また一般論としての性差による能力差(♂>♀)も、おそらくはあるし。
(今回は男児2名に対し実施)

*地図読みと男女差については、以下でも触れています
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-127.html

 今回はコンパスは使わず、とにかく
・自分の位置を確認する。できなければ確認できる場所を探し移動する
・その位置における自分の向き(前後左右に何があるか?)を確認する
 の2点を強調しながら「地図上で指定した位置に移動する」を繰り返し、
職場近辺をひたすら歩き回りました。
 その下準備として、昼前後から自転車でそこらを巡り、
マーカー(移動ポイント)を設定していたこともあるし..
炎天下での移動はそれなりにこたえました(笑)

 この辺りの作業にあたっては..中学の一時期に所属していた
オリエンテーリング部での活動が役に立っている、気がします。
まぁ本式のオリエンテーリングの舞台は山の中!だし、
そうなると、より精密な地図読みのスキルが必要だし、コンパス必須!なのですが。
 地図読みができるヒトはチラっと地図を見ただけでその地点の地形を
イメージの中で殆ど三次元的に!再現できるそうで..
私は遂にそこまで至りませんでしたけど
(とりあえず等高線の配置を見て瞬間的にそこが「尾根か沢か?」を理解できないと
 競技ランクでは使い物にならない)、
その辺りは確かに「男性に属する能力」な気はします。
高度な方向/位置感覚がないと、狩りとかできなかったろうし..


 一般に地図読みのスキルが男性優位である
(そんなタイトルの本がありましたねぇ、いやアレは「地図が読めない女」だったっけ..)
ことの根拠とされる?
「男性の方が一般にメンタル・ローテーションが得手」
という話ですが..

*メンタル・ローテーション:頭の中に思い浮かべた心象(イメージ)を
 実際に実物を回転させるのと類似した操作を行い”頭の中で回転させる”
 過程を指し、例えばパズルのピースが完成図のどこに当たるかを検討する、 
 「現在の進行方向に地図の方角を対応させる」際等に応用されていると考えられている

 今回地図読みの課題を実施してみて、初めてというとアレですが、
なんとなくそれを実感として、理解できたような気がします。
今回「自分の進行方向に合わせ地図を回転させる」という方法論を示し
地図読みを実施させたのですが、
 子どもたちはそれで案外あっさりと馴染んでいたようなの、です。
地図読みなどほぼしたことない!って状況だった筈なのに、
課題の終了時にはそこそこ地図と自分の位置対応/向き合わせができていたので。
要するに地図/イメージを回転させることへの抵抗が少ない/親和性が高い?
 これが嵩じて最終的には地図を回転させなくても「頭の中で」
回せば済むようになるのかな、と。


 個人差の話で言えば、
私は(上記したように少しは訓練を受けているので)地図読みはできるのですが。
 実際に都会で動く際には..
一度行った所については確実に「視覚情報として」経路とその特徴、
曲がるポイント等を記憶しているので、ほぼ迷うことはありません。
逆にその分現場での地図読みを軽視してしまう傾向があるのですが。
 行ったことがない場所では普通に地図をプリントアウトして
(本当に今ってnetで必要な情報が揃って便利だなぁ!)
…でも殆どの場合移動前に見た記憶と、「このポイントで左折」
とか「直進して3本目の通りを左に」とか、言語的に処理しています。
(頭の中に地図を出している際は、やっぱり地図を道に合わせ「回転」させている..)
…これは、どっちかというと女性的な処理ではないかと、勝手に思っているのですが。

 なまじ「できる」という意識があるので、
初めていく場所にロクな準備もせず移動して、思いっきり迷う!
経験も意外に多い..
 学生だった頃、それで思いっきり飲み会に遅刻して、
先輩に
「ホリウチの自信には根拠が無い」と指摘され(笑)
…なんて自分のことを正しく理解してくれる先輩なのだろうか!!
と感心したことがあります。
(私は「的確な言葉を用いて端的に評価する」ひと、に弱い)


 …まぁ、そうして町を歩き、
見慣れているようで全然知らない町の様々な姿を知る!ってことは、
今回の収穫として、ありました。
子どもに道を選ばせたら、自分では通ったこともないし、
繋がっていると思ってもみなかった経路で道を辿ったりして。

それと90円とか100円とか、近場で安い自販機を沢山見つけたのは、純粋に収穫でした。


コンパス