3ヶ月 / 読書

  • 2008/06/28(土) 23:42:09

 …6月の月末を迎え(うちは月曜休みなので今月の〆は実質28日)、
これで開業して3ヶ月が過ぎた計算になります。

 かなり意外なことに、仕事上想定していた様々な事柄が、
概ね予定通りに、時に予定以上のペースで、進行しています。
 そもそも相当に無茶なスケジュールを組んだ挙句、
結局4月に開業できたこと自体、今考えるとかなり異常な展開だった..
(この時期の記録に目を通すと、実際2-3月は忙しさで死にそうでしたね、私。)
 ここ数年コトが予定通りに運ぶことなんざ、皆無に近かった(笑)
仕事周りの状況を考えれば、上記については
自信をもって「まあ結構なことねぇ」と言えます、はい。

 ケース及び関係者の皆様におかれましては、
今後とも宜しくお願いします。いやほんとに。



 …私は年間200冊程度は本を読むヒトです。
日平均で通勤中に文庫250pくらいは読む。
(但しうち半分は読み返し)
 ここ最近読み返した何冊かの本は特に、
私が大体15歳くらいのときに読んでいたもので、
それらを読み終え、つくづく!
今の私を形成している主要な思想や価値観、
総じてまあ「哲学」と言ってよいものの大半は、
この時期の読書に極めて大きな影響を受けていたのであるなぁ!
と痛感させられたのでした。
なんというか自分でも唖然とするくらいモロに影響を受けている(笑)
自分が自分固有のものだと思っていた思考の形態や言い回しが、
まるっきりそれら作品の剽窃だったりで(笑)..
 一方で、それらを今!読み返してみて
初めて分かる事柄も多いし、
また職務上獲得した新たな目線をもって、読み、
考えることのできる、新しい自分というものも見出せたりもするのです
(例えば「教育」とか「家族」とかいう観点をもって、
過去には全くそんなでもない!と思っていた作品を読み解くことができる)。

 …これまでもいろんなところで口にはしてますが、
読書は、ある種のひとにとっての「適応へと至る手段」としては、
かなり有効に機能し得るツールなのだと私は思っています。
…まあ私が世間に「適応した」かどうかは別にして(笑)

 それにだって向き不向きはあるのだと思うのですが、
私個人としては15歳の頃に、今の自分の精神の核となるようなものを
形成しえた書物が、今読み返してもなお、
自分にとって充分な価値を持っていることを確認できて、
とりあえずよかったなぁと思うのです。
↑これって結局、15歳時から全く成長してないってことかも..

読書や本の話ってのは、
結構このブログでもしていきたいところではあります。
まあネタが尽きたらおいおい..ですね。
もろ療育テーマでも別にいいのですけど、
そうでもないジャンルの本を発達相談の観点で扱うのも、
楽しいかなと思います。
 個人的には関係ないジャンルの作品中で時に
ふとピックアップされ、論評されたりする発達障害/障害、
のようなものを採り上げるのもいいかなと思っています。

大森駅

  • 2008/06/26(木) 23:07:55

 今日も今日とて雨の中、仕事で某所に。

 仕事終了後に、
実は今まで行ったことのなかった! 大森駅に歩いて到達。
以前にも述べたかもしれないですが、
私は自分の行動半径を広げるのに
異様に後ろ向きなとこがあるヒトなので、
(まー最近結構その傾向も緩んだよなと評価してるのだけど..)
どこか足を踏み入れたことのない場所へ行くには、
そこに対する用事を作らねばならないのです。
というわけで今回仕事にかこつけて、ようやく!
その近辺の駅たる大森駅に達したわけで。
 とはいえ品川区内には26!の駅があるっってことだし。
それら全部踏破は多分ないと思う。
というのは半端な距離だと歩いて越えちゃうので。

…結局結構いろいろなお店があって、好みの地と判明。
ロータリーのある開けた側もいいけど、
池上通り側も渋くていい感じ。
こっち方面の用事のときは寄って帰ろうかなと思いつつ、
そこから更に徒歩で事務所に戻る。
まー20分歩けば着くね。…あー私の足だと、だけど。



人間の定義

  • 2008/06/21(土) 23:53:28

…今週も終わりました。
二週連続で週末にグループもあったり、
なかなかに忙しいのでしたけど。

 シライと「友人」の定義について話していました。
最近読んでいた本に、なかなか気の利いた定義があったので、
そんな話題だったのですが。
(その本ってのも哲学とかコミュニケーションに関わるとかでなく、
全くお門違いの海洋を舞台にした長編ハードSFだったりするのですけど)
 話しているうちに
「友人/ともだち」「親友」とか「なかま」とか「クラスメイト」とか、
「先輩/後輩」学年の上下関係だったりとか、
意外と子どもに対してきちんと分類や定義づけされないまま、
学校等で扱われている呼称とか立場とかって多いのだなと気づきました。

 自分から見てある立場のひとをどう定義し、
どう呼ぶか/どう扱うか、といったようなことも、
「人間について学ぶ」講座の中で、
一枠設けて集中的に扱うのもよいかな、と思った次第です。


 思い返せば私は「おじいさん/おばあさん」とか
「おじさん/おばさん」のような呼称で、
一般にひとを呼んだことはない..
(以前には老人関係の職場にいたのに)
どうしていたかというと
○○さんと、必ず名前で呼んでました。
…別にこれは相手がそう言われたら嬉しくないでしょ
とかの配慮ではなく(笑)
同じ呼称で複数のひとを扱うのがイヤなだけだったりします。
 その種の「曖昧な呼称」を避けるのは、
物事を定義せず曖昧なままに扱うのが苦手な生来の性ゆえなのですけど。