講座/構造化 の前提

  • 2008/12/30(火) 23:29:07

…去年の今時分も似たような感じでしたけど、
今年も何やかやと、家でする仕事はそれなりにあるのです。

 本日は、年明けに某所でする講座用の資料を作る。

 予め受けたオーダーと事前情報(質問事項等)から、
既にある程度今回の講座の骨組みは考えておいたのですが、
それをとりあえずパワポで「組み立てる」。
…具体的にはこれまで実施した講座資料をツギハギしながら資料の骨格を作って、
足りない部分を新規に作り足して! 後はまぁ微調整。
文書の直しとかレイアウトの変更とか、場合によっては全体の文体を変えたりすることも。

…いつも資料を作る前は
「アレとアレをくっつければいいじゃん簡単じゃん」とか思って始めるのだけど、
始まってみると、アレもつけてコレも追加して、あそこを入れ換えて..
と、やたらに凝り始めてしまう..
 問題は講座として、内容がオーバーしがちなこと!で..
私の場合特に
「コレを説明するとなると、あそこも言及しなくちゃ..あれもネタとして関連していて面白い!」
とか何とかやっているうちに、内容が際限なく増加していってしまう..
(なまじ早口なので「早口で喋ればどうにか詰め込める!」とか考え出すと、もぉ最悪..)
とにかく調整段階では、
如何にムダなページを省くか、無駄な情報を差っ引くか!
のせめぎ合いになるのです。

 結局のところコレって「構造化の前提」の話なんですよね。
何を残し何を差っ引くかってのは、まあそれは構造化の話であって、
それにあたっては、自分がその講座で何を重視するか?
何を伝えたいのかってことを突き詰める手続きが、必要なわけで。
 また面白いもので、同じ内容の資料群でも、
提示の順番を換えるだけで、講座全体の内容が変わったり、
伝わる資料の意味合いが変化したりするのです。
ここでも重要になるのは、まず「自分が相手に何を伝えたいか?」なのですね。
(ここでは「講義する対象が、誰であるのか」て認識も重要)
それに合わせて提示の仕方や構成を考えていく、のであって。

 構造化って作業においても、前提にあるのは
「まず子どもに何を優先して伝えるか?」であり、
更に言うならその前提には!「(子どもに)どういうヒトになって欲しいか?」
という大前提があったりするわけですね..
 そして、この前提がない/見出せないところで仕事をしたとしても、
相談も指導も課題設定も講座も!実質、何の意味も持ち得ない..


…療育のスキルと直接結びつくかは知らないけど、
講座について、こうやって突き詰めて考えるのは、楽しい作業なのです。


で、とりあえず完成。
あとは実施日までに日に一度はデータを開いて、
その都度気づいたところに修正を入れていく..

講座イメージ

映画

  • 2008/12/29(月) 23:48:20

…今年はかなりの数の映画を観ました。
劇場で観たものだけを数えても、1月から今日までに24!
月平均2の計算ですね。これまでの人生の中でもかなり多い年だったと思います。

 元より映画は、娯楽の中ではかなり好きな方ではあるのです。
私は基本的に舞台芸術全般に、惹かれません。コンサート等も含めライブ物は全て!かな?
なもので、基本的に娯楽は映画と美術館と博物館程度。
舞台って「その上演の度に出来が異なる」部分があって、
そのライブ感が実に魅力なのでしょうけど、
私にとってはそれが不満なのです。
自分が観たときがイマイチの出来で、
そうでないときが最高の演技/パフォーマンスだとしたら!
「それってすっごくすっごく嫌だ!」と思ってしまう(笑)
↑…まあ基本的に考え方が後ろ向きなんだとは思うのですが..
 映画はその点、上映館の映写機が不調でない限り(笑)
どこで観ても同水準に完成された作品が期待できるわけで
(…ところが冷静になって考えると、隣のヒトがもの食べていて煩かったり
体臭がキツかったり!で、「映画を観る状況がイヤ」だった!記憶ってのは結構ある..)

 大学に通っていた頃に、受講していた臨床心理学の先生に
「臨床の仕事をするなら、日常的に映画を観ることは大事である」
「映画にはその時代の空気や”人間”の描写が多く含まれ、
 それは臨床の仕事をするにあたっての貴重な資料ともなる」
とか言われて。
…私は意外なところでヒトに言われた事を妙に忠実に実行する/し続ける!所があり、
(実際その先生の名前すら思い出せないのに、今も実行している..
 冷静に考えれば、単にその先生の趣味が映画ってだけだったのかもしれないのだが..)
 殊に臨床領域の仕事を始めてからは、
自分でも注意して、それ以前よりも「家族」や教育、
社会問題や福祉/障害等の問題の絡むもの、
まあ「人間」というものを描くことに重きを置いた作品を、観るようにしています。
それが職務上の義務ということでもなく、それらに関わる仕事をする中で、
自然とそういう事柄への興味が強まった、というべきなのでしょうね。
「自分で自分の対応領域を広げるのが苦手」な私としては、
自身のそのような嗜好の変化/拡大は基本的に結構なことなのです。
 …映画観るのって、研修扱いにならないのが、残念っちゃ残念ですかね。

 とはいえ基本的に特撮モノはリアルお子さんに混じって普通に(笑)観ているし
(今年は何だかんだで仮面ライダーだけで3つも!映画があり、
 流石に自分でもバカバカしいなぁと思いつつ観に行っていた..)
ホラー映画も喜んで観たりする、のです。
その他基本的にメジャーな映画は嫌いですが、アメコミ原作ものは(趣味なので)観ます。
夏から秋にかけては「観なければならない!」映画がやたらとあって、
(自分でも少々うんざりしながら)毎週のように出かけていました。

 今年はとにかく「映画を観る時間があった!」ってのは事実です。
午前中に映画を観て午後仕事というような、ある意味夢のような展開も結構あり。
来年は多分、そうはいかないのだと思います。
 気になった映画はDVD借りればいいのかもしれないのですが..
(上記の先生の言葉もあるのかもしれませんが)
私はその映画が作られた「時代の空気」ってものを結構大事にしたいヒトなので、
気になった映画はなるべく映画館に行って観るようにしています。
早く60歳になって、どんな映画も1000円で観れる身分になりたいものです。はい。

 周囲のヒトに聞くと、結婚したり、ましてや子どもができたりすると!
映画を観にいく機会は格段に減るんだそうで..まぁそりゃそうなんでしょうけど。
(日本って「ベビーシッター雇って夫婦でお出かけ」って文化が、どうにも根付かないよなぁ..)


そこそこ真っ当なジャンルで、今年観て、感銘を受けたもの:
・「BOY A」
・「永遠のこどもたち」
…どっちも、このブログを見るヒトにはまるで他人事とは言えない内容で、
にも関わらず基本的に諸般の事情から
「お勧めするわけにはいかない」タイトルなのですが..

 ちなみに年度最後の映画は「レスキューフォース」でした(笑)
某ケースに「観ない」と断言したのに.. 諸般の事情で、観ました。
でもって結構満足しちゃったのです。
 まあ子ども向けタイトルも、観ればそのネタを子どもと共有できるって意味でムダではないし、
最近ではお父さんお母さんも(少数だけど)このテの話題に対応できる方もいるので、ね。

この辺りの価値観の多様さは、私にとっては損ではない、のです。


映画

ことしのおもいで

  • 2008/12/26(金) 23:57:55

…12月中旬くらいから、
相談/指導場面で平素から作文を課している子等に対し、
「ことしのおもいで」をテーマに短文を書かせています。

とりえあず低学年向きには

?ことしいちばんたのしかったこと
?ことしいちばんたいへんだったこと
?ことしたべたもののなかで、いちばんおいしかったもの
?ことしになって、(今まで行ったことのない所で)はじめていったところ
?ことしいちばんがんばったこと

のテーマについて(高学年以上のヒトにはもちょっと項目が多い)。


…なんつーか、(個々の能力から)予想される以上に、困難を示すお子さんが多いのです。
いや勿論想定範囲内の出来だったり、予想以上の内容を書ける子もいるのですが。
そもそも「ことし」って概念がよく分からない!という子もいるし..
(で、そういう場合には概念から教えるのですが)

 この課題の、どこで引っかかるのか?と考えると、
そもそもこのお題に「それなりに」対応するにはどのようなスキルが必要か、
を再度検討する必要があるわけで(こういう作業を「課題分析」という)。

…んー。
1)指定された時期についての比較的明確な認識(他の時期との区別)
2)ある程度明確な記憶
3)比較的高度な他者視点
てなとこでしょうか..

1)やっぱり「年齢相応の時間感覚を持つ」って、口にするほど簡単ではない..
 とりあえずある程度のスパンで自分の体験中から
 指定された”時期”を取り出して考えることができるか? 
 これができないとそもそも課題が成立しないので。
 実際ここでひっかかってる子は多い!(上述した「ことし」が分からない群はその代表)
 今年って概念で括れないけどそれ以降の質問文面は分かるので、
 「とりあえず」昨日或いは今週程度の直近の!エピソードをもってきて破綻するとか..

2)まあ1)以上に前提なスキルって気もしますが(笑)
 特定のエピソードを設問に合わせて再生するような
 「記憶抽出」のレベルでひっかかっていて、
 それで結局、簡単に取り出せる他愛もないエピソードで代用している子とか..
 …おそらくは記憶→再生処理にあたっては”体験の言語化”作業が
 必要になるので「相応の言語能力」を有することが、
 このスキルのそもそもの前提、となるのかもしれません

3)比較的高度な他者視点=この場合「質問側が何を求めているか?」
 を察する程度の対人技能や経験、かな。
 
 実は今回これを!結構強く感じたのですが..
 …具体的なエピソードを出せないのが歯がゆいですが(笑) 
 例えば「…今年一番美味しかったもの、ってオイこれかよ!」
 と私(と同席の保護者)をしばしば唖然とさせる食べ物オンパレードで..
 で、食べ物に限らず、このテの質問に対応するとき、
 私たちは求められている答えが「どの程度」の内容になるかについて、
 ある程度自覚しているものではないでしょうか?
 まあ「子どもらしい無邪気な」とか「それなりに豪勢な話/イベントの”強度”」とか..
 聞いたヒトが受け入れられる、「無難な」内容を出すものだし、
 逆にドギツいエピソードもここでは(普通)出てこない。
 まあ実際ドギツい展開があったにしても
 (例えば「振り込め詐欺の被害にあった!」とかいうことが実際にあっても、
 普通この場面ではネタにあがってこない、とか)。
 …そこにあるのは..
 まあ「空気を読む」スキル、なんでしょうかね
 (関係ないけど私は「KY」って言葉は嫌い!
 なんか「その状態」への優しさを一切感じない、ので)..
  勿論子どもは大人よりはそんなもの読めないものである(筈)
 だけど、それでもある程度そういうものを読んで生きているわけで..

…というわけで、1)2)をクリアした子でも、3)で何か妙なことが起こるようで..
結局のところ、そこはかとなく妙なテイストの「ことしのおもいで」になるのでした。

…といいつつ私自身も書いてみたのですが、その内容は3)的にはダメだろ、
という感じだった..子どもには見せられても保護者には見せられない程度に、
一般性を欠いた(部分のある)ものでして。


 異年齢異能力異問題、のケースたちにある程度共通した課題をさせて、
その差を見るってのは、なかなか面白いですね。
まあ検査ってある程度そういう性質を含むものなのですが..
 一方で、このテの課題を行うことで垣間見えるケースの「生活」とか「目線」
ってものも知れて、なかなかタメになる。
もーちょっと数が溜まると何か面白い分析ができるかもしれない。
いやそもそも保護者の方にも!聞いてみたらみたで、それも面白いかもしれない!
などと埒もないことを考えるのですが..


…今現在の私は、今回実施した作文課題に対し、
「内容が事実から大きく逸れておらず、
 その中身も読んだヒトが不審に思う範囲を逸脱していない」
程度の対応ができるのは、定型発達だとどの位(年齢)からになるのかな
と、考えているところなのです。

 予想としては、まあ小学校1年生程度なら、
概ね上記ハードルをクリアできるのかなぁと踏んでいるのですが
(ま、3)については男女差も大きいと思うけど)。

 
思い出イメージ