おかいもの

  • 2009/01/29(木) 23:07:47

…時間ができたので、池袋のハンズで買い物。

?そもそも寝袋を買いに行った、のです。
 先日事務所の床に寝てたら、足元がスースーしたので(笑)
 …これで最悪事務所に泊まれるようになった。 泊まらないけど。

?型はめを二つ。
  上は、「文字で型はめ」というコンセプトがちょっと気に入ったので。
  実を言うと現状うちのケースで、文字学習が必要なお子さんって、
 いないのです(必要そうに見える子は、皆そこそこできている)。
 …やや意外なのですが、文字学習のような「蓄積もの」については、
 うちに来るような気概の親御さんは日々どうにか教えたり
 別所で指導を受けたりして処理しているのかも。
 という訳で、開室当初からそれなりに用意しておいた文字課題は
 イマイチ使ってないのですが.. まあ今後使うこともあるでしょう、と。
  下は、これもコンセプトが気に入ったので。
 単独の図形ではなく、「図形の集合体としての図形」を意識させる、と。
 …結構課題としては難しい気もするのですが、
 こういうのもひとつはあってもいいかなと。

?今回の目玉! 凄い気に入ったし、安いし。
  「買い物課題」に相応しい教材って、なかなか良いものがない!のです。
 前の職場でもひとつ買ったけど、イマイチ運用しづらかった。
 コレは
 ・マグネットなのでチップが飛び散らない/ボードを傾けても大丈夫
 ・「とってくる」だけでなく「置く場所」で物品のカテゴリー!処理ができる
 ・モノが日本!(前に使ってたのは西洋ものだった)
 とまぁ、実にいい!のです。
 (…今気づいたけど、私はどうも磁石が好きだ(笑))
  これに一定の追加品を作っておけば(詳細は敢えてここで述べない)
 買い物→お金の扱いまで、かなり年齢/能力の高い子にも成立する、
 多種多様な買い物課題ができそうな予感があります。
 (現時点でアイディアは、かなりある)
 …まあ問題は「それを作り足す時間をいつ作るか!」だけど..
 こいつのお陰で、本日はとても満足です。

 ??は、永岡書店 
 http://www.nagaokashoten.co.jp/index.htm
 の教材。いい仕事ですね。

?http://clipsince08.dtiblog.com/blog-date-20081210.html
 で、フラワーロックver.2を採り上げましたが、
 それの系統。 セガトイズの「ペコッぱ」
 http://www.segatoys.co.jp/pekoppa/
  こいつのいい所は
 ・音に反応する機能は過不足無くデフォルトで備えている
 ・小さくて場所をとらない
 ・使用の度に側面のボタンを押して起動させるので電池のムダがない
 ・動きがリアル(笑) 
  …微妙な頷き(同意)や感嘆?の動作が、ヒトによっては癒しであり、
 その他のヒトにとってはかなり不気味(笑)

? 教材ではなく、加湿器。
 http://mistygarden.jp/misty_set.php
 私はとにかく冬になると毎朝起きたら喉が荒れていて!痛める。
  何なのぉ!と思っていたら、2年くらい前に前職の同僚に
 「ホリウチさんそれは乾燥のせいですよ!」と明快に指摘され、
 加湿機を買ったら確かによくなった(笑)という経緯があり..
 (その指摘には今も感謝しています。考えもつかなかった自分もどうかと思うけど..)
 *私にはしばしば常識がない 
  …事務室や相談室の湿度調整も、
 ここしばらくの懸案事項のひとつでした。
 何でも電気機器導入!という対応や(置く場所もそんなにないし)、
 床にコードを這わせることについては(これは安全上の観点から)
 抵抗があったのですが、これは気に入りました。
 どうも草状?のフィルターが水を猛烈に吸い上げ、空気中に発散させるらしい。
 (…今気づいたけど、私はどうもハイテク繊維製品に弱い(笑))

 今回は寝袋以外、結構衝動買いなのですが..
まあ??も重ねて収納できるし、?も?も小さくて場所をとらないし。

?寝袋

?型はめ×2

?おかいものボード

?ペコッぱ

?ミスティブーケ

人間学講座?

  • 2009/01/23(金) 23:08:25

人間学講座5を実施。

実施に至る経緯は
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-112.html
を参照のこと。
今回は前回実施した内容の前に!するべき内容だった、ということです。

というわけで
・人間には常に感情がある
・何かのアクションを起こす前提に感情が存在しその行動に影響を与えている
・感情はヒトや動物が生きる/生き続けるに辺り、重要な要素となる
・ある出来事に対して生じる人間の感情には、「概ね」法則性がある。
・故に特定の出来事に遭遇した人間がどういう感情を抱いたかについては、
 ある程度想定することもできる
などについて明確にしたわけですが..

 …あー、やってよかったなぁと思いました(笑)
意外と上記について気づいていない、ようなのです..
定型発達者からすれば「当たり前過ぎて教える気力もない」ようなことなのですが.


 もうひとつ。
私の対応している子ども達は皆「感情が無い」わけではない!のです。
それは私には分かりきっていることで。
…まあ当人が「自分には感情がない」と思っていることは結構ありがちですが(笑)
ただ、上記のような「感情に対する常識」が機能していないので、
特定の状況でどのような感情が生じるかなど、
その際の自分の気持ちや状態、反応を参照しても上手く回答できない
→知識として教えられ「気づきが生じる」必要がある のは事実かなと思います。


 …。
「友達がいなくて寂しい?」
「一人じゃつまんないときもない?」とか聞いても
「全然そんなことはない」と反応する子は多いのですが、
私はかねてより本当にそうなのかな? とは思っていました。

 「友達が欲しい」→「理解者や受容者が欲しい」
→突き詰めれば「ヒトに分かって欲しい」と全く思わない!状態ってのは、
ある程度発達/知能の進んだ状況下でも、本当に起こり得るのだろうか?
(=自閉的傾向をもつヒトは、本当に「他者に理解されなくて構わない」
 と思っているのだろうか?)

 …私は現時点では、そういうことはない!と結論づけています。
理解者を欲していないヒトなんていない。
 それを欲した上で得ることができず、「ほんとは欲しくないだけだ」
と思い込む状態は、まぁあるのだと思うのだけど
(私はこの手の「取れない葡萄は酸っぱい」的な合理化って、
 とてもとても!人間らしい心の動きだと思い、時に愛しいとさえ感じる)。
*本人の知的発達がそこまで行かない場合は別です。
 少なくとも赤ちゃんは「他人に分かって欲しい!」 という欲求では生きていないと思うので。


 「何か自分や他人に対して求めたりするものがあって、それが上手く得られない」
 ということは、ある意味ヒトが生きる以上/発達する以上は必ず生じるものだと思うので、
子ども達について「求めている物が得られないなんて、可愛そうに」とは、別に思いません。
それが、「求めるものが全て得られない」ことこそが、
極限すれば「生きるということそれ自体」なのだと、私は思っているので。
 そういう現実や自分の気持ちと「折り合いをつける」ことも、
人生の妙味ではないでしょうか?
願いが全て叶う人生なんて..面白いんでしょうかね?

*先日、某年齢の高いケースと話していて
「世の中が自分の思った通りになって、大人や先生が全部、
 君の希望通りに動いたらいいと思う?」
「(…物凄い真面目に考えて) 思わない..」
「そうだよねー全部思い通りになる世の中なんてつまんねーよね!」
 てな会話をしました。
 こういう理解って成長の過程では結構大切なのだと思うのですが、
やっぱり小学生くらいだと難しい認識なのかもしれませんね。
(いや、いい大人だって、本気で「何でも自分の思い通りになればいいのに!」
って考えているヒトは幾らでもいるんでしょうね..)


 …本当に!欲しいもの/得たいものがあって、それを得るにあたり、
努力すればいい!事柄が実際に近くにあって(でも本人はそれに気づいていなくて)、
それについて教えることやアドバイスできることがあるならば、
そのことについては!私としても、きちんと教えていきたいなとは思うのです。


人間学講座5-1

人間学講座5-2

冗長性

  • 2009/01/17(土) 23:30:53

…体調を崩しました..
(「体調の管理」についてはいずれ書こうかと思いますので、今回は割愛します)

 火曜日の講座以後、でした。
講座自体に全く問題はなかったのですが、
最大の問題は、講座した建物裏で思いっきり工事をしていて(笑)
そもそもの部屋は大して広くもないのでマイクを使うって発想がなかったこと。
結局2時間、やや無理な声を張り上げていたら喉を痛めてしまい、
翌水曜日からそれに呼応して風邪モードに突入。

 元々基本的に健康体の私からすれば、
一旦体調が崩れるとそれこそもぉガッタガタな気分になり
(いつもそこそこ調子悪いってヒトはそんなに崩れないのでしょう、きっと)
更に平素殆ど薬を服まない所にのむと、
信じられないほど頭がグラングランするのです..
更にこの冬一番の寒さと強風、加えて遠距離通勤(笑)
 というわけで木曜日に絶不調。
相談の合間に床に倒れこみ、ケースが来たら起きる、を繰り返していました..
(*経験上今回のは「伝染る風邪ではない」という見通しはあります)

 この実体験から得た教訓 : 「寝袋を買おう」(笑)
→買います近日中に、はい。シライにも勧められてたし。嗚呼寝袋..

…とはいえこれは前職当時から、
つまり臨床の仕事を始めてからこっちですけど、
「いくら体調が悪かろうが頭がボーっとしていようが、
 ケースが目の前に居るとシャキっとする」のは確かで、
悪寒や眩暈も、そこではとりあえず、治まる。
当時はそういう経験をもって
「自分もプロってものになったのかもなぁ」と思ったものです。
(*今は何の感慨もない)

 そんなこんなで金曜日、土曜日のケースについては、
その一部を後日に振り換えて頂くなど、
当該ケースの皆様にはご迷惑をおかけしました。
お陰で本日をもって9割がた復帰しました。はい。

 と思ったら本日のグループにシライが欠勤(笑)
メイン職場で胃腸炎を伝染されたんだそうで。
私は転んでもタダでは起きないので、
それをネタに一つ課題を追加しましたけど。


 ま、世の中いろいろありますね(笑)


そんなときに考えるのが、システムの冗長性のことです(ようやく本題)。

冗長化:システムに問題が生じた場合でも、その機能を維持できるよう、
     予備のシステムをバックアップとして用意しておくこと
冗長性(情報理論):あるデータを転送する際、無駄に使われている部分の量


…システムが抱えるムダな部分=常に機能しているでもない部分が
「冗長性」なのですが、これを多く抱えることは、
運営に際し「最高に効率的」ではないものの、
この部分が本来のシステムが適切に機能しない際に
バックアップとして利用される「余裕となる」ため、
本質的に大きなシステム(組織)は
より多くの冗長性を必要とする、のです。
 敢えて言い換えれば..「ゆとり」?「余裕」?
上記定義より、「無駄」と言うと実に語弊があるのですが..
「意味のある無駄」を抱えることが、ある程度複雑な/大きなシステムには
宿命的に必要なのです。


例えば人体だと..
数年前、当時トップクラスのK-1選手(確かマイク・ベルナルドだった..)が
某インタビューに応え
「僕らの身体は、皆さんからすれば意外に思えるかもしれないけど、
 抵抗力が弱くて、病気に罹りやすいんだ」
と述べており、(当時は私にそういう知識がなかったので)吃驚したものです。
確かに体脂肪率が異常に低い肉体は、概して病気に対する抵抗力が少ないのです。  
つまりここでの冗長性=脂肪。
基本的に男性よりも体脂肪率の高い女性の身体は、
(大枠で)男性よりも病気に対する抵抗力が高いのも事実のようです。

 ある程度大きな会社や組織には「…何でこんなヒト雇っておくんだろう?」
と思いたくなるような方(笑)、純粋な効率性で見ればプラスにならなかったり
…いっそマイナスなんじゃなかろうか?って感じの方が居たり、
おまけにその存在がシステムによって許容されていたり!
するのは、おそらくはこの冗長性の発想あってのことなのかなと思います。
いや真面目な話。
 そういう意味でも
「優秀で忠実なごく少数のみを正規雇用して、後を非正規雇用で充当」
しようという安易な雇用主の発想は、
当座の効率性のみを重視し過ぎており、システム安定性の観点からは、
本当はすごく危険! と私は感じます。
*「効率性を重視し過ぎる人間」にはこの辺りの機微が見えないので、
 しばしばその「目に見える非効率性」に非常にストレスを感じてしまう。
 私自身も基本的にはそのタイプですけど..

どうも「機能するシステム」は、
有効に機能する小システムの連合のみによって築かれるのではなく、
それらの合間に「必ずしもそうではない」
システムを入れることによって、初めて成立するようなのです。


…こういう発想は、結構好きです。
私だってお金を稼いでいる以上、業務上の効率性は大好きだし(笑)
仕事の中でそれを求めようとはしていますけど、
一方で「意味のある無駄」=ムダに見えることにも意味/存在意義がある
って発想は、なんだか気持ちがいいのです。
まあ例によって私の好きな「価値の逆転」が、ここにも見出せるわけですね。

 以前は療育の世界でも
「如何に伸ばすか!」
「如何に追いつかせるか!」
みたいなことに注力する向きが常にその主流にあったわけですが、
近年はその一方で
「自閉症児の余暇の過ごし方」研究、
などといったものも徐々に認められるようになり、
「大事なことは発達促進や学業、就労だけではない」
「趣味や遊び、空いた時間を如何に楽しく充実させて過ごすかも、
 個人の生活の質を高める意味で、全く同等に重要だ」
といったような発想が、きちんきちんと上ってくるようになってきて、
私もこれには大いに賛同させられるのです。

 上記思想も踏まえ、私としては基本的に

「療育を人生の/生活の 中心に据えるなんて発想は、好きではない」
「基本的に療育は人生の脇役であるべきだ」
「療育はそれ自体が目的ではなく、あくまでも個人の人生を豊かで、
 楽しく、充実したものにするための方法論であるべきだ」
等のスタンスで、今後ともこれを扱っていきたいと思っています。


 多分「何かのスキルだけを上げたい!」
って発想でひたすら!指導それのみを行ったとして、それが真に身に付くことはない。
 指導の一方で、本人が日々の生活を楽しんでいたり、他者との関わりを快く感じたり、
何もすることのない時間を呑気に弄んだり!
そういう「ゆとりの部分」=冗長性を含めて初めて!
ヒトはヒトとして成長したり、何かのスキルを得たり伸ばしたり、
できているのではないでしょうか?


 風邪の話に戻れば、今は冬!なわけで。
…私が以前仕事していた老人関係の機関(医療機関も併設)では、
1月下旬から2月一杯くらいは、妙に建物全体が閑散としていて..
「…この時期は”そういう時期”なのであるなぁ」と実感したものです。
要するに冬を生きる/寒さに耐えるというだけで、
身体には通常時より余分の負担がかかっているのですね。
 そういう時期には、
平素より睡眠時間を長めにとったり、栄養バランスを余計に気にしたり、
いつもと異なる動きをとるときにはその前後に休養できる枠を設けたり、
「冗長性」をきちんと確保するよう心掛けた方がいいのでしょうね。

 …まあクリップ自体についても、ね(笑)
私個人というよりも、クリップをひとつの「システム」として捉えるならば、
そのシステムについては、
今後はある程度それに冗長性を持たせる必要は生じてくるのです。
(これは勿論、事業開始を決める以前から承知していたことです。
 私自身を「個人」として機能させ続ける以上、
 今回のように何らかの事情で私が機能不全を起こせば、
 システム自体が即座に停止してしまうので)

心のゆとりイメージ