人間学講座?

  • 2009/03/31(火) 23:43:14

 今回のテーマは「人間の仕草」
感情→表情→仕草ときて、
一応「人間そのものに関する説明」
はこれで一段落となります。
 次回以降は社会等、個人を超えて”人間集団”の話になるかな..

 というわけで。
表情と同じく、ある種のお子さんは人間のちょっとした仕草から
様々な情報を読み取っていないだろうなぁ!という場合を想定し、
幾つか(今回は22個)ピックアップした、人間の仕草について、説明をしました。

…表情から仕草までの回では、
当初、デズモンド・モリスの「マン・ウォッチング」
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%94%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%80%95-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%87%E3%82%BA%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B9/dp/4094081496
を参考にしようかと思っていました。
2年くらい前に初めて読んだけど、
これって「大人の発達障害のひとが読むと、とてもいい本」だと思います。
私が読んだ直後も、周囲の人間の仕草に物凄く敏感になり、
またその理由に関する洞察も、これを読んだことで一段階進歩したかなと思います。
(*相談者として、というよりは、まぁ「人間として」)
 なのだけど、実際に講座に使おうと思ってページを繰ると、
日本の文化に即した普遍的な仕草の話って、
ないわけではないのだけど、使いづらいものが多くて..
結局その多くについては自分でピックアップし、テキストも自作しました。

 表情はまだ代表的なものが出揃っているのでいいとして、今回の仕草に関しては、
特に「ヤバいもの」を前面に出して行こうと決めました。

例えば
・舌打ちをされたら、何かヤバいことが起きている/自分がしている可能性もある
・目の前のひとに指をさすのは基本的によくない
・授業中や真剣な説教/指導の最中に欠伸をするのは、ヤバい
などなど。その理由の説明も含めて、ですが。


 なんというか
「指導は基本的にクリティカルなものであるべきだ」と私は思うのです。
とりあえず現実に役に立つことを、教えていきたい。

 しかし子どもたちの生活場面における指導では、
「コレが正しい振る舞い」「物事はこうあるべきだ」等
奇麗事や正道を教え込むことに終始するなど、
往々にして教える側の都合に沿った「道徳教育」になりがちであり、
残念ながらその種の指導は、現実の状況では殆ど役に立たない。
(後述しますが「奇麗事を適度に処理する」のは、大概は定型発達者の属性なので..)
 特に般化が苦手で理解の硬い子が一度奇麗事を真に受けると、
それを過剰に遵守しようとして、かえって周囲とのトラブルが増える。
 軽度発達障害特有のその種の”過剰な適応”を、
周囲の大人や指導者が、他のもの
(傲慢さや無礼さや過剰さや、その他その子自身の属性から生じる不適応)
と見誤ると、大概はとても不幸な展開に陥ることになります。
…実際にはその不適応を招いたのは、当の指導者の教えた奇麗事かもしれないのに。

 何が実際に役に立つ知識で、何がそうでない知識かの判断は、
基本的に「現場主義であること」によって、徐々に見出されるものかなと思います。
 実際に!教育や保育の現場で子どもが陥る誤解や誤りやトラブルの事例を
沢山知り(できれば目の当たりにして)、それに加えて自分の子どもの頃に
陥った思い込みや理解の不足や、それによって生じた不安感を再現してみて..
かなと。

「奇麗事はあくまで理想であり、理想を語るひとは
 とりあえず現状に一定以上適応を果たしたひとである」、
というのが私の観測なのですが、私自身は多分そうじゃないので(笑)
現場で役に立つ有用な知識の伝達、を常に好みます。
故に小手先のテクニックや、ちょっとした知識みたいなものも、
それが「役に立つ」のであれば、好きです。

 相談の場面は元より、指導の場面では更にその傾向を強めるし、
講座とかでも大概、その姿勢を貫いていると思います。

講座?

グループ終了につき

  • 2009/03/28(土) 23:12:07

本日で、2008年度のグループ指導が一段落しました。

 私にとっては初の異年齢異能力(*但しその傾向にはある程度共通性がある)
集団の指導でしたが結論から言えば楽しく、実りのある11ヶ月(*5月スタート)でした。

以下、今回のグループを通じて考えたこと:

・参加者中2名は、2年前に私やシライが前職場で実施したグループの参加者
でもあり、彼らについては当時のから2年を経てそれぞれ
大きく成長した姿を指導中及び合宿での随所から感じ取ることができ、感無量でした。

・これまで療育的な関わりをさほど受けていなかったお子さんに対し、
学齢期に入ってから指導を行うという経験も、今回得ることができました。
 やはりというかなんというか、子どもの中でも療育慣れというか、
療育的な関わりに対する受け止め姿勢が出来ている状態と出来ていない
(受けたことが無い)状態が同じグループ中で混在することによって、
両者の違いを実感することができました。
 結果的に(これを「療育の力」というとアレですが)、今回新規に療育的な関わりを開始し、
その中で刺激を受け相応の対応を学んだ子達の方が、
同じ一年中では明らかに大きな伸びを示した、とは言えると思います。
…こう書くと、それまでに療育的関わりを受けていた子が
大して伸びなくて損したような感じもしなくもないですが、勿論そんなことではなく。
発達上の問題やアンバランスさを抱えるお子さんが、ある時期までに
(*やはりこれについても臨界期はあるものと思われる)
療育的な関わりを受けているか否かというのは、
おそらくはその子の最終的な(発達的/能力的)到達点や適応の度合いを
ある程度、ひとによっては大きく左右するものになるのではと、改めて感じました。

・このグループの参加者は1名を除き学童児でしたが、
学童のグループを率いるのも、考えてみれば私には始めてのことでした。
学童児を中心に構成したこのグループとこれまで見てきたグループを
比較すると、やはり前者の方が指示に対する反応や指導した内容の理解や
保持の能力が高いな、と感じました。
勿論グループそれぞれの個性もありますし、参加者の能力差も大きい
のですが、それを検討の対象に入れたとしても、今回のグループの、
話を聞く→理解して反応する→理解したことを次回のグループ以降に反映させる 
能力は、私の当初の予測よりも高いと感じられました。
これは..やはりそれぞれなりに、「学校」という環境の中で個々に
上記能力を鍛えられているという部分も少なくないのかなと思う次第です。

・課題設定について。これまでのグループでは個々の能力差が比較的近く、
その分誰にとってもシビアな(能力相当か少し上水準の)課題設定を
要求していた部分も強く、実施している私自身、終始かなり厳しい態度で
通していたような印象があります。
今回のグループについては異年齢異能力を織り込んだ分、
課題設定は概ね易しめに設定し、その中で能力の高い子はそうでない子を
フォローする動きを促進させたり、全体に「グループとして楽しむ」
状態を前面に出して臨みました。 
結果として参加者も指導者側も見ている保護者の方も(多分)概ね一貫して
”楽しめる”グループになったかなと思います。
昔の指導時の映像なんかを見直すと、今回そういう動きをしている私自身
「…ちょっと変わったなぁ」と思うのですが。
これは良い悪いの問題ではなく、状況に合わせ一番いい形を志向した結果であり、
勿論このグループについては楽しい分療育的に意味が無いものでもない!とは思っています。

*私が人間として丸くなった訳では決してない!
 特定の個別指導場面などでは、以前に比べ格段に強烈で厳しい指導をしている筈なので

・やはりグループにとって合宿は大きいな、と思いました。
9月の合宿を境に、特に参加した子ども同士が互いを意識してやりとりする
場面が増える、ということはこれまで見てきたグループでも
見られた現象ではありましたが、今年についても同様でした。
それだけでなく、合宿を境に大きな行動/認識の変容を経た子どももいるし
(「合宿で強烈な体験を提示する」のは、大概はシライのパワープレイなのですが..)

・ボランティアについて。今年度は概ね2名のボランティアさんに
グループ活動を支えて頂きました。
二人とも(一人は2年目ですが)、この一年で変わってきたことを実感できるのは
(実施時の動きは勿論なのですが)反省会での発言ですね。
反省会中で徐々にグループでの指導のポイントを衝いたコメントが増え、
それに応じるように補助的な動きもどんどん効果的なものに変化していく。
 …個人的には新人を育てるに際し一番大事なことは、
とにかく先輩の動きをひたすら見させる!経験をどれだけ積ませるか
ということなんだろうなと思います。
私も数年前グループの様子をビデオに撮影していて
(「集団の動きをビデオに撮影する」という動きも、物凄くためになる)、
それを何度か続ける中でグループ指導の勘所をある程度理解できたという経緯があるし。
勿論この場合も見た内容に関連して、先輩が指導のポイントとなる部分を
教示する必要はあります。それと併用しないと意味がない。
 …まあ新人にひたすら仕事を見せてそれでいいって職場は現実には殆ど無いし、
私だって仕事始めのときはひとの仕事を見る余裕なんか全然なかったし..なのですが。
 一度「見る目」さえできれば、あとはそこそこ動ける、のだよなと
(これはあくまでも指導に限定した話ですが、
 相談だってある程度そうなんじゃないかとは思う)。
逆に言えば指導の”ポイント”というものが見えていなければ、
多分その状態までにどんな立派なことを学んでいても、ダメなんじゃないかなぁと。


…その他ここには書かない細かな不満(*他者へではなく私への)等も
無いわけではないのですが、クリップとして1年目のグループは、
参加者/ボランティア/保護者の方々 の皆様のご協力の下に、
無事終了できたかと思います。


 次年度はもうひとつのグループ
(こちらはより私の趣味や嗜好が反映されることになることが予想される)
も立ち上がり、ますます忙しくはなるのですが..

楽しみです。次年度といっても2週間後なのですが。


グループ名の由来に関連した何か

消失による傷心

  • 2009/03/21(土) 23:55:17

…まったくもって私事なのですが、
教材が壊れたり汚れたりすると、かなり落ち込みます..
それは前の職場の頃からそうであり、
一度など、とある課題のパーツが紛失して、
自分でも理不尽だろと思うくらい平静を欠いた行動をとってしまったことなど、
強い後悔の念とともに思い出されます
(療育に関係ない周囲の職員まで巻き添えにして怒っていた)。
…ちなみにその時、宿直明け勤務でした(笑)

 クリップの教材について言えば、
なかなか現状で普通に市販されているものも少なく
(中古でもかなり探して手に入れた教材が多い。勿論そうでもないのもある)
修理して直るものは別にいいのですけど
(エントランスの”鉄棒人形”とか、
 落とされまくり折られまくり修理しまくり..
 それでも私のお気に入りで、ケースからの人気もそこそこ高い)、
課題によっては壊れると簡単にフォローが効かないものもあるのは事実で。
特に「特定のパーツがなくなると課題として機能しなくなる」
教材のパーツが実際に無くなったとき、
自分がどういう状態になってしまうのか、実は密かに怯えていたのでした(笑)

 開室前は「絶対教材置き場に子どもは入れない!」
と誓っていたのですが、始めてみると全然そうは行かず。
とはいえ課題実施中に教材が破損したり消失することは滅多にないもので
(これは前の職場から気づいていた。
 問題は常に、自分や職員が管理していない状態で
 教材を子どもに扱わせる時に起こる)
これまでは大きな問題も生じず、内心ではホっとしていました。

 そして今週(笑)

 火曜日に出勤して課題の準備をしていると、
とある教材のパーツが二つも!ない!
即座に這いつくばって床上に内ひとつを発見したものの、
もうひとつはどこを探しても見当たらない!!
 そうして平静を欠いた状態で相談を開始したのですが..
その間もある種の喪失感と焦燥感は静まらない。
そのパーツが一つなくても教材本来の使用に問題ないとは分かっていても、
個人的に編み出した同課題の「その他の使用法」には対応できなくなる!
と思い、一人落ち込む..
 紛失する以上誰かが持ち去ったのか?と来所ケースをチェックしたり(笑)
ブログに写真入りで示し「今なら罪を問わないのでそっと返しなさい!」と訴えるか..
などと、いろいろ考えるわけです。
 上記の事情から、今週の私は全体にテンション低めだったのですが
(相談中も時折その教材のことを考えて憂鬱になっていた)
それをそれと察せられるとプロとしてはダメだと思うのですが。
…大丈夫だったでしょうか?ね..

 世の中の指導者なり療育関係者はこの問題をどう捉えているのか?
聞いてみたいですね、実際。

 私は今回のことで「モノが壊れ、本来の機能を果たせなくなる」ことへの
強い恐怖→こだわりが、依然として自分の中にあることを確認したのでした。
 お気に入りのモノが壊れたり無くなったりすることって、
子どもにとっては(周囲の大人からすれば)信じがたい程に強烈な
ショックや動揺をもたらしたりすると思うのですが、
…人は一体、どうやってそれを乗り超えて、大人になるのでしょうか(笑)


 そういえば以前、同僚たちが何かをハサミで切っているときに
「私の(私有物の)ハサミも使っていいよ」と声かけたら
「間違って傷つけたりしたらと考えると、恐ろしくてとても使えません」と言われ、
 …確かにそうなったら怒ったりするんだろうなぁと納得したものでした。


 さて本日。
パーツの欠けた教材を目にするだけで憂鬱になるので、
いっそ片付けよう!と決意して手に取ると.. 
…揃っている(笑)

 …謎だ。
火曜日の時点でパーツがなかったのは、絶対にぜったいに事実なんです!!


問題になった教材(諸事情から加工済み)

鉄棒人形イメージ(*エントランスの物ではない)