事務所について

  • 2010/01/28(木) 23:47:49

休日の外出中、
なんとなーく思いついたその勢いを駆り(笑)
某日の出勤と同時に気合で!(やや他の仕事そっちのけのテンションで)

1)事務室の机の配置を変更しました

 昨今はその他

2)事務室/受付用の窓に開閉するカーテンを設置した

3)指導室内から待合スペース内に延長コード(電源)を引っ張った

4)待合スペースにスツール2個を追加

 等、細部の改装を行っています。

1)これはまぁ、純粋に月2回いらっしゃるシライへの配慮込みなのです。
 彼の旧来の居場所だと、事務室ドアの開閉にモロに干渉する配置だったこと、
 また彼が奥の給湯場所へ向かう際、基本的に私が邪魔になる(笑)こと、などを
 今回の変更でどうにかした!…気がする。
  またこの形態だと..
 (どうにか詰めれば)窓側にもう一つ小型の机と椅子、ノートPCを配置できるので。

2)なんとなく、利用者の皆様と距離を置こうかと(←ウソです)。
 私の基本的なポジションはPCデスクの前なので、
 今回の配置変更で受付窓→来所する方が直接見えるようになったのですが。
 ま、それはそれとして(笑) 
 今後はそれなりに気軽に行えそうなお泊まり会等の活動の際に、
 事務室を使うにあたり、少しはプライバシーを保てるようにと。
  *実際には玄関ドアにだって大型のカーテン等をつけるべきなのかも、
   なのですが、諸般の事情でこれはまだ留めています。

3)これまで待合スペースには独自電源がなく、
 故に独立した暖房器具等を置くことができなかった
  *置くかどうかは別にして
 次年度以降は
「指導室も相談室も同時に埋まっていて待機者は待合スペースに押し込められる」
 状況がやや増えそうな予感があるので..
  *現在はシライ出勤の際に2室同時使用が生じる程度

4)計4つのスツールの内部には更に小型のスツールが収納されており。
  *前にこれを見た元同僚に
   「(小スツールの中に)もっと小さなのがあるんですか?」と問われた
  これで計8つ(更に指導室に小型ひとつ)、元よりある児童椅子10個と足して
 クリップ全体で19個の椅子が、常備されたことになります

 というわけで、
そのいずれも次年度(2010年4月)以降の展開をある程度想定した動き、なのです。

 あとは..
50か60インチくらいのサイズの壁掛け可能なロールスクリーンを購入すれば、
今回の改装はひと段落。
これは指導室の壁に(使用時に)掛け、
3月より通年(月1回)で実施する「勉強会」
http://clipsince08.web.fc2.com/event.html
や、4月より新規に開始する予定の小集団指導その他の場面で、
ようやく本格的に!
(事業開始前に購入したものの滅多に使ってこなかった)
プロジェクターをまともに使用できるようにするための処置、なのです。

 ちなみに今期(個人事業の経営単位は1月ー12月でひとまとまり)
の重点目標のひとつは「経費削減」です(笑)
「何事も安く上げることが、大事!」
という認識で、今年度を地味に乗り切ろうと思っております。
 

 この事務所に入居して、もうすぐまる2年!

…早いものですね。
 当初は勿論モノも何もなく、暖房もなく(笑)
とにかく寒いし座る場所すらないし、
居住性もヘッタクレもなかったのですが、
いろいろと機材やモノを入れ、配線を施し掃除を重ね、
自分なりに使い込んでくると..
結構愛着が湧いてもくるのですね。

 事業開始1年目は、仕事中
「…何故自分は今、ここに居るんだろうか?」
とか、ふと思ったりすることは、あったのですが(笑)

 またある時期には..
ある種の虫(数種。敢えて詳細については触れず)
との深刻かつ壮絶なバトルもあったり
(今は全て原因レベルで対処し終え、問題は解消している)..

だったのですが。

 今はすっかり馴染んで、
ここが「自分の居場所」になったなと思います。
 先日のお泊り会
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-186.html
で事務所に宿泊したことで、
ある程度この感覚を強めたということはあるのかもしれません。   
 *先のお泊り会では自前の1個を除き複数の借り物の寝袋を投入しましたが、
  その後買い足したので、今はほぼ特別な準備無しに、お泊り会を実施できます。

 ま、ある程度ヒトが入ると狭いのは確かですが
(特に前の職場では”学習室”を除き「療育に使うには広すぎな空間」が普通だったので..)
?指導に使える何も無い部屋がひとつ、
?倉庫兼相談室がひとつ、
?待合スペースがあり、
?妙に広い(笑)トイレがあり、
?何より職場に自分の部屋(本来給湯室的なものなのでしょう..)がもてた!
 のは、純粋に有難いことだったりするのでした。
 「職場に自分の個室がある」って..考えてみれば贅沢なことだよなぁと思います。


 …まぁ仕事していれば、いろいろなことがありますけど(笑)

 でも仕事場には恵まれて、どうにかここまで来れたかなとも思います。
(不動産業者さん関係ではそんなにいい思い出はありませんけど..)
 この事務所に行き当たっていなかったなら、
…おそらく現状においてもかなり過酷な条件の下、
「今以上に!」先の見えない状況で、
仕事を続けなければならなかったであろうことは確実なので。

 通勤の便も(少なくとも私とシライにとっては)前の職場よりも良いし。

 その部屋構成もさることながら、
何よりかなりの怒声や騒音、子どもの泣き叫ぶ声(笑)
にも周囲の方からの苦情が殆ど無い!のが一番有難かったりするのでした。はい。
真面目な話、これはかなり得がたい条件だったりするのです。
一方で相談のより高いレベルの秘匿性を重視する際には、
「建物の2F以上であること」が重要になってくるのです。


 今後どこかの段階で、
もう少し広い事務所を確保したいなぁという希望も、あるにはあるのですが、
今はこの場所が、それなりに気に入っています。
*実際問題ここを出るには、かなり余分の体力(経済力)を有しておく必要があるし..

改装後の事務室

今日の御言葉?

  • 2010/01/22(金) 23:28:19

…殺伐としたブログにならぬよう(笑)、なんとなくシリーズ化したい。


?(多分)ノーマルの4歳男児:某所で巡回相談をしている最中
*当該児は相談対象児ではない

男児(近づいて) 「せんせいは、やさしいせんせいだよね?」

私(笑顔で、爽やかになおかつきっぱりと) 「先生は、厳しい先生だね」

男児(ちょっと考えて) 「でもすこしは、やさしいところも、あるよね?


?8歳男児:クリップにて

私「国語の授業では何したの?」

男児「ようすことば。ようすやきもちを、おとであらわしたりとか。」

私「じゃあ..私が怒ったら?」

男児「プンプン」

私「シライ先生が怒ったときは?」

男児「プンスカ


以上。

お琴

「いろいろな経験をさせましょう」

  • 2010/01/15(金) 23:46:42

 すっかり1月も、中旬ですねぇ。

…昨年の今頃は、風邪ひいて大変だったような気が..

 1月は6日の仕事はじめからこっち、
いきなりフルスロットル状態で!開始し、ここまで仕事を入れてきました。
これまでは、基本仕事始めはケースも少なめ/仕事も軽めに、の方針のだったのですが..
やってみると、意外に悪くないものですねぇ。
初日から休みボケが強制解除され、体調も頭の調子もむしろよかったりする位で。


 さて本題。

最近ケースから聞いたり、仕事先で聞いたりするフレーズ:
(まぁとりあえず軽度発達障害圏辺りのお子さんに対し)相談者が

「(子どもに)いろいろな経験をさせましょう」

とのたまう。

 そう言われた親御さんは..
慌てて子どもに習い事などをビッシリと入れて、通わせまくり。
で、数年後「…そんなに変化がないのですが..」と私に話す。


これに対する私の見解:

「単純に”経験させる”といっても、その経験は系統的に
 (保護者の側で明確な目的意識をもって!)入れていく必要はある」

「経験の結果、個々の習い事のスキルには”それなりの”変化や成長はあるのだと思う。
 しかしそれが”統合された体験”や思考のレベルで体系化され、
 個人の中に組み込まれていかない」

 故に結果的には個々の”断片的な経験”がゴロゴロと無秩序に転がっているだけで、
 それが当の子どもの意識や行動方針を大きく変えたり、思考を深化させたりはしない。

 …ということなのかなと思っています。

 特に自閉傾向を基盤に持つ子たちの中では、基本状態として
「個々の経験を別の異なる経験と意味レベルで結びつけて/関連付けて理解する」
ことに問題があるわけで。
 そのレベルに対応しないまま、個々に経験だけを重ねさせても、
それは個々のスキルを若干上げたりそうでもなかったりする程度の効果しか、もたらさない。

 親としては
「こんなところにも連れて行ったのに」
「あんなこともしてあげたのに」
 という心境なのだとは、思います。

 とりあえず何かを習うなり新規な経験を積ませる際には、
その経験をさせて何もフォローせず放り出す、のでは基本的に効果が薄い。
その経験を要約してポイントを伝え直したり、
写真を見せて追体験させるなど意味づけを新たにしたり、感想を絞り出させたり!
…そんなアフターフォローをきっちりしないと!と思うのです。
(故に私は、小集団指導でも活動の終りに可能な限り感想を書かせたり、
 宿泊行事のあとで写真を見せ反省会を行ったり、する)

*先日のグループ指導では、私の目から見ても
 「…これは、子どもに課するにはハードすぎる課題なのでは?」
 と思うような課題を実施され、必死こいてクリアした面々は..
 終了時の感想を書く際には揃って!ものの見事にこの苦行を失念していた。

 もうひとつ。

 何かの新規な経験を個人の中に”定着”させるには、
定着させるための「時間的/体力的な余裕・ゆとり」も、どうしたって必要になる。
毎日のように習い事をして、その前後に宿題もして、
睡眠時間を削ってまで「いろいろな経験」をしても、
その経験が本人の中で意味づけされなければ、定着率は、極めて低い。
 要するに、それでは「効率が悪い」のだと思います。
 故に私は、
「当方に通うなら、その前にある程度、習い事を整理することを勧める」
といった話を、新規のケースにすることが多いのです
(最終的には、それを決めるのは保護者ですけど)。

*じゃぁ「ただ時間をあけてやればよいのか?」というと..それも違うのです。
 時間を設けて、その時間に大人が働きかけて、
 定着するための思考なり活動なりを行うよう仕向けなければならない。
 それなしでは..
 子どもに「ただボーっとする」時間を提供するだけに留まってしまうだけで。


 で、発達的にノーマル範囲にあるひと/子どもはどうかといえば..
(相変わらず例によって!なのですけど)

・個々の経験に能動的に参加し、その場で!それぞれなりの意味づけを行う
・異なる複数の経験を行う中でも、他の行動との相似点や関連性を見出し、
 意味づけ/関連付けを行い、高度な定着→新規の思考/行動パターンの獲得を実現させていく
・上記を凄まじい速さと効率で行うので、
 状況によっては「定着の時間」を設定する必要すらない
 (最悪フル稼働状態を継続しても、そこそこの学びを得ることができる)

 という感じでしょうか? ノーマル恐るべし。

 
 基本的には「自分で考える」

http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-158.html

という機能がデフォルトで有効に稼動していない
(自分の意志でなく、
 参加した活動や無理やり連れまわされた場所に”受動的に”反応している)
 状態では..経験から得られるものは、どうしたって少ないのだと思うのです。
そういう動機づけレベルでの問題、
それに加えての意味づけ/関連付け/定着の悪さの問題が併置されているわけで。


 ただ実は!今回主として私がいいたいことは(笑)

その

「いろいろな経験をさせましょう」

といとも簡単に仰られる、専門家(多分)の方々の雑な!言葉かけについて、なのです。

 自身のケース(保護者)に対し投げかける言葉に、上記のような意味づけもせず、
「発達障害=とにかくいろいろな経験をさせるのはよい」ってのは..
 はっきりいって
「いろいろな経験をさせるとよいですよ」って声かけは、
どんな相手にも成立する言い回しであり。
何か気の利いたことを言っているようで、実際には何も言っていない。

 この場合大事なことは
「どのような経験を、どのようなタイミングで、どのような頻度で」
「そのためにどの程度のリスクを負えばよいのか?」
「どの程度、それだけやれば、その結果が生じるのか?」
「活動の末、どのような結果に至るのか?」
等の情報や、その他(私が述べてきた類の)「実施の勘所」の部分である筈なのに!

 勿論当の発言者は、そこまで考えたことなど、一度もない!
そんなのが「専門家」で「相談者」なわけですが。

 …恐ろしく雑な思考で、雑な相談(仕事)だと思います。

(何故これを槍玉に挙げたかというと..
 最近こういう相談なりへの苦情が、
 仕事上私の耳に入ることがやたらと多い、からなのです)
 
 この”アドバイス”と根底の部分で繋がっているのは..アレですね。
発達の遅れが想定されるお子さん(保護者)に相談者が投げかける

「もっと言葉かけを増やして」

というアドバイス、でしょうか
(うろ覚えですけど「光とともに」1巻冒頭で保健所で言われたアドバイスも、コレだったのでは?)..

 これもまぁ、冗談では済まされない規模と頻度で!
そこら中の発達相談の場面で用いられる
「一見気の利いた、何かを述べているようで、実は何も述べていない」
アドバイスの極限なのだと思います。
そういう意味は芸術的ですらある、無駄なお言葉。

「どの場面で」
「どのような声かけを」
「どの程度の頻度で」
「行った結果、何がどうなるのか?」

に関する情報を一切排した状態で投げ出される、そんな言葉。
投げかけられた親としては、具体的にすべきことが全く分からず、放り出されるしか、ない。

 しかもこのアドバイスは、
子どもの発達の遅れを心配して相談に臨んでいる親に対し
「声かけや関わりなどを怠っていますね」
「貴方は努力していませんね」

というメッセージを送るものであり..
故に、余りにも罪深い。

*…ま、偶には「ほ、本当に何でもいいから、喋ってあげしょうよ!」
 と言いたくなるくらい極端に無口な保護者の方、も居たりはするのですが。
 実際にはそういう方に対してこそ!更に懇切丁寧に、
 上記の詳細やマニュアル的なものを示して指導する必要があるのです。
 が、実際には勿論..

 専門家の(当該専門領域に関する)雑は、罪だと思います。

 最近読んでいる春日武彦さんの書物の中で
「”めんどくさい”は狂気へ至る第一歩」という言い草があり、
なるほど!と膝を打ちました。

 要するに上記レベルの相談者も専門家も..
 「めんどくさい」んですよね、細かく喋るのが。きっと。
 自分がよく知らないまま助言していることに触れられるのも。
 …多分「自分の使う言葉についてきちんと考えること」すらも。ね。

*…いつになく毒の強い項、かもしれませんが、
 特に特定の誰かに対して怒っているとか、そういった内容ではありません。
 ただ「雑な専門家」は、イヤだなと思います。
 私の中のそんな部分も含め。

「いろいろな経験」で画像検索かけると、何故か田植えのシーンが多い..