学校公開雑感

  • 2010/10/22(金) 23:11:58

 この秋は数箇所の学校公開に行ってきました。

 まぁ今回の場合は「新しい校舎の検分」という意識が強いのですけど。


で、以下は徒然なるままに思ったこと


・子どもって..
 特に”移行期”である1年生で顕著なのですが、
 完全な幼稚園/幼児顔と
 大人顔(大人の小型版。オッサン/オバ○ン顔も含む)に、大別されますね(笑)
  一方で人間全般も..
 「幼体から成体に向けて明らかに段階的な変化を踏んでいく」タイプと、
 先に述べた「大人の小型版が徐々にでかくなる」タイプに..分かれる気が(笑)
  某所で元ケースとその同胞(*性は違う)を見てきたのですが、
 ケースの方がもろに前者
 (正確には段階を踏まず、高学年なのに呆れるほど幼児顔)の一方で
 同胞は低学年にして完全に後者で、既に老成した雰囲気すら湛えており.. 
 なんか見比べていて笑ってしまいました。

  ただ上記の分類だと..
 うちのケースの大部分は
 比較的長期間幼体=幼児的な外見を保ち、
 その後段階的に大きな変化を遂げるか..
 …遂げないまま行き着くとこまでいくか(笑) が、多い気がします。

  …上記を真面目に考えれば、
 発達障害或いは発達障害「的なもの」の思考様式は、
 周囲の他者と自己との違いを
 より「深刻に受け止めない」方向に概ね機能し、
 その結果として周囲の他者の年齢応じての変化なり成長が
 そのまま自身への重圧や変化圧力として受けとめられることなく!
 進むということなのかなと思います。

 …結局発達障害或いはそれに近い状況にあるということは..
 それだけ彼らは 「自力では変化しづらい」
 ということになるのかもしれません。


・今回初めて思ったのです。
 私が誰か特定の子どもを「発達の観点で」評価/観察しているとき、
 …その目つきや顔つきは、相当に怖いのでは? と。
  まぁ自分では確認できないのですが(笑)
 何故かふと、そんなことを感じました。
 …評価するときのひとの目線って、
 基本的には「怖い」ものなのかもしれません。


*今回更新内容の裏テーマは「評価」です。念のため


・お母さん方の雑談を聞くともなしに聞いていると..
 …怖い。
  まぁ単なる雑談も沢山あるのでしょうけど、
 時と場所と状況と面子によっては(笑)
 相当に濃いぃ/シビアな「他者評価」の話題が満載で..
 (対象は教師学校校舎のみならず、特定の児や保護者も含まれる!)
  そういう話題が学校公開の、公共の場で..
 行われることも、あるのですねぇとなんか吃驚。
  アレを直で聞く羽目になったら(まぁそういうことはないのだろうけど)
 担任の先生等も大変だろうなぁ、としみじみ思いました。


・小学生の考える人権標語って..面白いですね(笑)
  その対象がはっきりしないものは、
 えてして内容もすっきりせず、面白みにかけるのですが
 (ま、当人達も面白がらせようとしているわけではないのでしょうけど)
  定番の対象は「いじめ」だと思うのだけど、基本これは、つまらない。 
 
 見学先の某小学校で、何個か明らかな「障害者」ネタというのがあり..
 
  個人的には(多分考えた当人等より数段ヒネた目線から解釈して)
 それらが実に上手く「障害者」とやらの現実を..皮肉った内容と感じられ、
 ついニヤニヤしながらメモをとってしまいました。
 (↑やっぱり相当に怪しい見学者だと思う)
  内容的には「到底クリップに貼りだせないもの」が大半ですけど。


・指導者という目線を別にして、
 ”子どもの親”という立場で見た場合..
 「この先生は 当たり/ハズレ」っていうのは..
  やっぱりあるんだろうなと、思いました(笑)
 自分の中のその基準をどこに引いているのかを検討することで、
 まぁ個々人の教育観のようなものにも近づけるのかもしれません。
 
  ただ..(前にも述べましたけど)
 私は依然教師は聖職であり、子どもの価値観/人生に対し
 非常に強い影響を与えうる権限を有するものと認識するが故に..
 それに当たり/ハズレがあるのだとしたら、
 それはなかなかに厳しいことだなぁと思わなくも、ないのです。

 *勿論これは「教師/学校側の資質」の話だけではありませんし、
  更に両者の相性とかも当然ありますけど。

  本来はどこの学校に通っても、どの先生にあたっても、
 きちんと対処されて、子どもも保護者も安心していられれば、
 それが一番なのですが..
 
  とはいえ..何事にも当たりハズレは(多分)あるもので、
 それもまた人生の縮図?なのかもしれませんけど。
  

・ひとが
 「(他者からの)評価というものを受け付けなくなる
  / 評価を自身の中で処理しなくなる」
 状態というものが(仮に)存在したとして、
 個人がその状態に移行したのであれば..
 
  その個人は、
 「ベテランではあるのかもしれないけれども、プロではない」
  のだなと、私は思いました。
 
  それを私が、
 何を目にしてどういう文脈で思ったのかは、敢えて述べません(笑)
  
  とはいえその評価が個人の能力の優劣と直結しているかは、
 時に微妙なのかもしれません
 (ま、私の上記タイプのひとへの評価自体は、
  既にかなり明確だと思うのですが..)
  世の達人とか名人とかマエストロとか評されるひとの一部は、
 往々にして他者評価を超えたレベルに自己を存在させていると思われるし。
  故にその人たちについても
 (私としては)「プロではない!」ということになるのですが。

  逆に言えば私の考える「プロ意識」とは、
 個人が他者評価を意識し、
 そこから自身へのフィードバックが為されるところに成立する 
 ということを..
 
 今回なんとなく再確認したのでした。


  他者評価のない/少ない場所で仕事をするのは..
 考えてみれば、かなり恐ろしいことなのだと思います。


学校公開イメージ(某旧校舎)
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科博

  • 2010/10/19(火) 23:27:14

 
 空いた時間を利用して、国立科学博物館

 http://www.kahaku.go.jp/

 に、行きました。

 …20年近く行った記憶がない。
(なもので、新館である”地球館”の存在自体知らなかったし、
 旧本館=日本館のリニューアルも知らなかった)

 大人になってから行くにはそれなりの動機が必要になりますねぇ。
 今回は完全にプライヴェートです。はい。
まぁ今後お泊まり会とかで行くかもしれませんけどね。

 http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-230.html

 での某所での体験以来現在に至るまで、
恐竜(特に今はT-REX)に取り憑かれているのです。
 なもので今回は骨格の撮影と、
ミュージアムショップで
(事前に下調べをしておいた)フィギュアを買い求めるのが、主目的。

 平日なので空いていてジックリ見られるかと思ったら、
…小学生のガ○、いやお子様が、
学びの一貫として結構いらっしゃったりなさっていて(*二重敬語)。
まぁ確かにそういう場所、ですからねぇ。


 私の気のせいかもしれませんが、
最近のお子様たち(の一部)は、「基本状態で無作法」というのが..
時に目に余ることも多い、気が。

 まぁ子どもは、誰かに礼儀作法を教わらない限りは
「初期状態では無作法」だということは理解できるのですけど、
それを指導する立場の大人が、あまりにも..
「その領域では仕事をなさっていない」印象が、見ていて強いのです。

 子どもの絶対数は減っているのですけど、それにきちんと比例して?
指導すべき大人の側の「静かにさせる!」とか「きちんとさせる!」
ための権限も機能も意識も..全体としては低下している気が、しなくもない。

 例えば..
「個人主義の伸張」=「他人は他人、自分は自分」という意識の拡大 は.. 
…まぁ私もその意識はかなり強いけど(笑) それは基本的には、
他者を意識して行動する/他者への配慮 とは逆行する種類の意識なわけで。
 …そうして世の中の様々な場面で、基本的に他者を気にすることなく、
自分の都合を最優先させる対応を許容する状況が増えていけば..
そうなっちゃうのが自然、なのかもしれませんね。

*先日別の博物館で、某”大文字英単語複数”系の療育?機関?活動?
 と思われるおにーさんおねーさんが子ども達を引率しているとこに出くわして。
 多分お子様達は軽度発達障害圏(と、私は判断した)だと思うのですけど、
 その何名かが、あまりにも無作法な振る舞いで、
 特にうち1名がかなり酷いルール違反と暴言を一般人親子に対して行い、
 引率のおねーさんは、やるだけやって走り去る子どもの代わりに、謝っていた。
 …ま、謝らないよりはマシだとは思うのだけど、
 それでやった当の○キ、いやお子様の方は、何を学ぶことになるのだろうか?
 と私は(行動分析の観点で..主として「指導されない」子どもの将来を想い)
 暗澹たる気持ちになったのでした。

 …定型発達なり一般人なりの道徳/倫理基準、
礼儀作法の水準の低下という減少が実際にあるのだとしたら..
 まぁそれは、私のケースたちやその水準にあるひとからすれば、
総体として彼ら特有の?
少々目立つ/時に奇妙だったり迷惑だったりな振る舞いが、
そういった定型発達者の無作法さに隠れ「目立たなく」なるわけで、
…そういう意味では慶賀すべきことなのかもしれませんけど(笑)
 勿論私にはそうは思えない。
単純に礼儀正しいひとや振る舞いが世に多い方が、私には気持ちがよいので。

 「昔はよかった」

とか言いたいわけではないのですけど、ね。
でも..どこか、ある種のひとの中で、何か大切なものが失われている、気が。
(失われていないひとの群だって、きちんと残ってはいるのでしょうけど)
 
 某作家氏はこれについて、
「ひととして生まれた以上、正しく生きたい」
「お天道様に顔向けできないような生き方をしない」とかいう類の、
…理屈ではないけど”素朴な”道徳観や意識が、
今の日本では減少してきているのでは? と評していました。

*この辺りは、個人の生き方を規制するような
 ”強い宗教”意識の希薄な、日本特有の問題という側面も
 あるのかもしれません

 まぁ私も(基本的に論理と勝敗意識と損得勘定で生きているので)、
基本的に上記のような素朴な価値観に沿って、
…生きていない気がするのですが(笑)


 そんなことを思いつつ、博物館を概観したのですが。

 …結論としては、人間ひとりひとりが、
自分の、世界/宇宙における、
その存在の相対的な「小ささ」や「不完全さ」を認識する機会を持てば、
そしてその機会が増えていけば!
 ひとは在る程度、その傲慢さを抑えつつ、
謙虚さを身につけていくことができるのではないか?
と思ったのでした。

 そういう意味では.. 
「科学を学ぶ」って大事ね、と(笑) ←やや強引
 政治とか..統治領域というか、
ひとを扱う/コントロールする方法論の領域を学ぶ/実践するだけだと、
その辺り、ひとって意外とお留守になるのでは?と思ったり。

 あー「やればできる」(笑) 「どうにかする」ような領域だけではなくて、
自然現象等、基本的に「ヒトにはどうにもならないもの」を学ぶ/扱うことは..
ひとを謙虚にしていくのではないでしょうか?

「…自然というものは、我々の好みや嗜好に合うものばかりとは限らない、
 この方が気持がよいし理解しやすいからこうあって欲しいと思うこととは
 必ずしも合致しない」
 カール・セーガン.2004早川文庫「百億の星と百億の生命」p73

 ひとの生死とか.. 発達も、そうですね。きっと。

 一方で基礎的な知識や経験の欠如と同様に、
或いはそれ以上に「中途半端な知識や能力の獲得」こそ!
時にひとを必要以上に..傲慢にしている気も、しなくもないのですけど。


 やっぱり謙虚さって、大事だなぁと思います。
というか、「謙虚さを保つ」こと自体が、
個人が外部環境に対応すべく自身を適切に(概ね抑制して)、
コントロールした状態で機能させていることの証、なのかもしれません。
 ブログでも何度か述べてきましたが、
私はひとの謙虚さは、他の何にも換え難い貴重な美徳だと思っています。
貴重だってことは..
それが(貴重なのと同じくらい)「稀少な」ひとの美質だと、
私が認識しているということでも、あるのでしょう..

 私も大いに、謙虚さに欠ける人柄なので、
もっともっと、いろいろなことを知り、
自分の卑小さを思い知らねば、なりませんねぇ..


1)safari社のソフトモデル(PVC製 1/40スケールくらい?)
 予想外に出来がよかったので、
 ディスプレイには大きめだけど、つい購入。
 この会社の製品は基本的にアメリカナイズされた、
 いわゆる肉食!っぽい顔貌/ポージングのものが多いのですが、
 http://www.rakuten.co.jp/soprano/1840070/
 こいつは例外的によかった、です。

2)favorite社製T-REXソフトモデル(PVC製 1/50スケール)
 http://www.f-favorite.net/
 こちらのシリーズは、上とは対照的に
 ”日本的な”機能美を追求した、
 全体にストイックな細部造形とポージングが基本と思われます。
 
 *恐竜って、骨格はともかく皮膚と肉付きのイメージ→造形は
  結構造形師さんの好みや知識量・文化的背景によって左右されるので、
  その辺りの比較も含め眺めると、なかなか面白い。
  勿論T-REXをはじめ、
  その年代によって生物学的な情報の裏づけ精度もあがってきて、
  それで造形やポーズが「現代風に」更新されていくってこともあるわけで。

 …ほんとは同社の”デスクトップモデル”
 http://www.f-favorite.net/SHOP/193776/193777/list.html
 が個人的な造形の好み的にベストなのですが、私には高価なので(笑)

 今回は心の中の「偉くなったら買う物リスト」に追加するに留めます。
 職場にマホガニー製のデスクを置いたら、速攻で買います。はい。

 と思っていたら、papo社
http://www.amazon.co.jp/s?ie=UTF8&search-type=ss&index=toys-jp&field-keywords=Papo

 のT-REXが、半端なくかっこいい!

 …ちょっとだけ、偉くなったら、買おう。


 来年の夏は科博で ティラノ/トリケラ 二枚看板の恐竜展をやるそうで。

 http://dtmkancho.blog50.fc2.com/blog-entry-903.html

 それまでこの情熱が持続していたら(あと、とりあえず生きていたら)
行こうと思います。


B1F 恐竜フロア

safari社製 T-REX

favorite社製 T-REX

認知発達

  • 2010/10/17(日) 23:35:24

 …休日に家で資料を作ることは、結構あります。

 前の職場の頃からそんなでしたけど、
職場で相談仕事の合間に、
そういった"資料を作る"等の集中力を要する作業を持続させるのは、
多分基本的には無理/困難なのでしょう。

 実際これまで職場で暇なときにしようと思って溜めてきた、
仕事や趣味(笑)のアレやこれやは..
昨年くらいからは全然!と言ってよいほど進んでいないのです。

 で、今回は11月の勉強会?の資料を、半日かけて作っていました。


 テーマは「認知発達」

 私の専攻は認知心理学/障害児教育学ではあったのですが、
とりあえず前者を「発達」と結びつけて
個人的に勉強した記憶は..そんなにない(笑)
 両者の関連は皆無ではないし
領域によってはとても密接に関わっている(と思う)のですが。
 結局のところ、学校で学んだことって..
現場の知見と結びつけてその文脈の中で語られないと、
「現場では」何ら意味をもたない、のだと思っています。
で、前者(認知心理学)の主戦場は現場でなく実験室的状況における研究だし、
後者(障害児領域)を学ぶにも、
おそらくはそれに「仕事として取り組んでいる」レベルの、
高い問題意識と動機づけがないままに学んでも、
それほど吸収できるものは少なかった、のだと思うのです。

 私自身の学部や院で学んでいた頃の「発達障害」や、
「自閉症」の概念理解にしても..
今思えば 相当にグダグダだった/現実に即したものというよりは、
「単なる言葉でしかなかった」 ような気がして、ならないのです
(ま、私が真面目に勉強していなかっただけかもしれません)

 結果として自分自身と”発達障害的なもの”との関連(笑)
について、当時は全然無頓着であったということも..
私の当時の学びの浅さに拠るのかなぁと。


 で、認知の枠組みに関する知見等を、
発達とかなり意識的に絡めた結果である、
比較的最新(に近い)の認知発達理論は..
 
 面白いですね。

 昨年辺り、
私にとってかなり丁度よい水準の資料となる本(2005年刊行)を入手したので、
それをかなり参考にしつつ今回の資料を組み立てたのですが、
これを読んでいるだけで、実に楽しい。

 ここ10年くらい完全にサボっていた理論/理屈の部分を、
その間これに代わる形で充実してきた”経験”をもって、
新たな視点から見直すことが、できる。
 また認知発達に関わる理論それ自体も、
自分が学部や院に居た頃(90年代半ば-後半)よりも着実に進歩を重ねている様子で。
その辺りの研究と知見の「変化」を概観するのも、なかなかに楽しいのです。

 
 とりあえず今回は、
基本中の基本となるであろうピアジェの「発生的認識論」辺りを..
 これでもかなり心理学の述語が飛び交うし、
いきなり提示されても理解が難しい内容なので、
これをどうにか噛み砕いて説明する手法を考えつつ、
まとめてみたところで、力尽きました。
 
 まぁこういう「基本」の部分だって、
それなりに経験を積んだ後から見直す行為は
それを扱う私自身にとっても、充分楽しかったりするのです。

 行動レベルでは、子どもの発達(=行動の変化)を目にして
「当たり前じゃん」
「この年齢だとそういうことってするでしょ?」
等の感想は当然のように抱くことはできるのですが、
そのメカニズム=どうしてある行動/認識が、
次の段階の行動/認識へと移行していくのか?その仕組みは?
という部分..
個々の行動やそれに至る発達、その「理屈」の側を把握できていると、
それによって見える新しい知見もあったりするもので。

 こういう「発達の流れ」の理解って..
学校の先生や幼稚園や保育園の先生も、
当然学んでくるのだと思うのですが、
 …ピアジェとか認知発達とかの話は、
どれくらいの水準で学んでくるのだろうか?
(どちらかといえば認知や認識の枠組みよりも、
 身体機能の発達レベルを重点的に学ぶことの方が多い気がする..)
 …と、教員免許を持ち、
その流れで(多分教育心理学の文脈で)「一応」学んだけど
どうやら当時は身につかなかった(笑) 私は思うのですけど。


*というわけで、次回の勉強会ですが11/5(金)11:00-
  テーマは「認知発達(概論)」です
  http://clipsince08.web.fc2.com/event.html


認知発達(研究)イメージ