振り出しを訪れる

  • 2011/01/26(水) 23:00:43

 本日は久しぶりの、イレギュラー仕事
(どうでもいいけどこの1月は、頑張っている..
 自分としては、そう思う)

 某近隣の児童センターさんからご依頼を頂き、
子育て関係の講座?で講師をして参りました。

 この児童センターは..
かれこれ8年半くらい前になる
2002年の8月、私が前の職場に入る直前、
「業務の引継ぎ」のために2週間ばかり通わせて頂き、
お仕事について学ばせて頂いた場所なのでした。

*その時点で、私の認識する「自分と品川区との付き合い」は..
 これが初めてなのでした。大井町を歩いたのもこの時が初。
 しかしその後いろいろ考えてみて、
 それ以前にも、品川区内の機関や児童センターとの関わりが
 存在していたことを思い出すことになる。

 当時の私は..(恐ろしいことにその段階に至ってもなお!)
自分がそもそも何をするためにここに通うかはおろか、
「正確には自分は誰に雇われている立場なのか?」
すら把握しておらず(笑) 
(実際に自分が就くことになる職務の全容が
 自分の中で”見えた”のは..そちらでの仕事を終えて後..
 多分2-3ヶ月以上が過ぎてからだったりしたのです、が)

*全然関係ないことなのですが、
 その児童センターで引継ぎ資料をダラダラと読んでいたら、
 私の数年前に、こちらの場所で実習をしていたヒトが、ゼミの後輩だった
 (その後輩がお子さんからとった知能検査結果の所見を、
 それと知らずに半口あけて読んでいた)
 ことが判明して、驚愕したものでした。 
 まぁ心理関係の世界は概して狭く、
 「知り合いの知り合いは知り合い」ってことなどザラなのですけど。

 そういう状態から区内での仕事をスタートし、実に二日目!から..
単独で「発達相談」なるものを実施していたのでした。
 この時点では..
「発達」も「相談」も、その意味は分かるけど、
「発達相談」は、なんかよく分からない。
 今思い返すに、いろいろな意味で凄すぎる体験でした。
 まぁ私は別に..いいのですが(*本当はよくない)、
そんな私に相談をせざるを得ない立場の、来談者の方に対しては..

 …いい仕事ができていたのであろうか? 

 勿論「今の私の基準」で当時の私の仕事を検討すると、
絶対に、いい仕事をできていた筈はない!わけで、
 かなり深刻に憂鬱な気分になります。
(ちなみにその当時、児童センター引継ぎ時代から
 今に至るまでお付き合いが続いているケースは、2件。
 有難いことで御座います)


 さて、そんなところで、講師。
(そもそもこのお仕事自体、当時私に業務の引継ぎをして頂いた
 ”先生”からのご紹介によるものなのでした)

 「育てにくい子」という、
…児童センターでいきなり扱うにはややハードルの高そうな
(気がする)テーマではあったのですが、
勿論そういうテーマで講座仕事をする機会の多い私には、丁度良いもので。
 結局概ねいつものノリで、
かなり”お勉強お勉強”した資料を作り、臨んだのですが、

 ご参加頂いた保護者の方々は、
私が想像していたよりもはるかに、
その内容に対応していただき..
個人的には概ね満足のいくお仕事ができました。


 その後、とある方と少々のやりとりがあり(内容は秘匿)
そういった事情も踏まえ、

「専門家として振る舞いつつも、いかんせん初心者であること/
 職務に必要なだけの有能さを持たない自分であること」
に対し、相応の悩みを感じていた(であろう)当時の日々のことを、

 なんとなぁくイヤぁな記憶と感情込みで、思い出したのでした。

 とりあえず..
自分の知識なりスキルなり対処法の「引き出しが少ない」と、
その数少ない手ゴマだけで(相談を)どうこうしようとする、
あるいは「しようとするしかない」のだけど、
(で、当人としては「それでかなりイケてる」と思っている)
それが傍目には、イタい。
 
 でもそれって正に、
”発達障害状況における振る舞いのイタさ”と
本質は一緒だったりするのです。
 まぁ発達障害状況って基本的に
「認識や行動の選択肢が狭い」
「いつまでたっても初心者を貫く」
等の状態とも、言えなくはないのだけど。


 ”初心者であること”問題の本質は、
「(能力的に)自分の無知や無能さを、きちんとは把握しきれない」
ことなのだと思います(笑)

 その辺の感覚が.. あー”鈍い”が故にこそ、
その客観的には「ダメな自分」に対しても、
ある程度以上に強い問題意識を持つことが(そもそも能力的に)できない。
必要限度を超えて深刻になりきれない。
 …ですけど、まぁ、むしろそのことによってひとは..
簡単に自分の能力を悲観したり速攻で離職とかせずに..
…生きていけるのかもしれないなぁ、
などとと思ったりもするのでした。

 その後、自分の問題点をある程度概観できるような段階に至れば、
その時点で、その問題に対処する技術も、
ある程度身についているわけなのでしょうし。
(*私がその段階に居るかを度外視した発言です)

 …そもそも9年程度前の自分に対して
こんな感慨を覚える今の私自身、
また10年後くらいにこの記述を見返してみると、
その「10年前の」自分についても
相当に無知無能扱いするのかもしれないし..

 もし仮にその頃になってそう思えるとして..
それは個人の成長?発達? と、言えるのでしょうか、ね。
 

大井三ツ又

今年の目標

  • 2011/01/24(月) 23:24:50

 1月中、2度に渡り、高学年向き指導Grで実施した課題が、

「自分のではなく、グループの他者の”今年の目標”を考える」

でした。

 いきなりこうお題を出してもアレだろと思い、
最初に「シライ先生の今年の目標」を提示するよう課題設定し、
 なおかつ比較的..子ども達の攻めの姿勢というか(笑)
「基本的にどんな内容を口にしても構わない」
という部分を私が支援する形で場をコントロールしていき
(状況を見た上での、そういう指導側の配慮は、結構大事)
 そこそこ盛り上げた上で、グループ内の他者評価に移らせる。

 子ども達の子ども達への評価分については、
なかなかここで採り上げるのが難しいものの。

…いつも思うのですが、軽度発達障害圏に属する彼らは、
概して他者について評価させたり忠告させたりすると、
存外「意外にいいことを言う」のでした。

 これについては
「その鋭い目線を..ご自分に向けられてみては、如何でしょうか?」
 とは言いたくなるものですけど。

 まぁ、彼らのその批評眼を「上手く利用する」といった対応は、
可能かなぁと思うこともしばしばで。

*日常生活場面の多くでは、ひとは批評の内容それ自体よりも、
その批評を誰がしたのか?」の方に重きを置きがちです。実際には。
 その観点では..大体において発達障害/PDDぽいヒトの
他者評価などについては、多くの場合 (実に残念なことに)
それが「軽く」扱われることが多いわけですが、
 その「誰が」の部分を差っ引いて、
純粋に発言内容の論理の部分を聞き取る限りにおいて、彼らは.. 
「正しい事/的確な発言 をしていることが、多い
と、私は思っています。

 そんなこともあり、私は..
自分に対し厳しい/遠慮の無い/容赦のない批判を聞きたいときには、
その種の「PDDっぽいヒト」から優先してご意見を伺うようにしています。
定型発達のヒトは、気を遣って本音を言ってくれないので。


 そんなこんながあって、
一度目の評価実施がそこそこ面白かったので、
先日のグループでその続きとなる二度目を実施して、
その中で私自身の評価も、して頂きました。

 実施にあたっては、結構悩んだのです(笑)
なんだかんだで、私だってきっついことを言われれば凹むし(笑)
一方で彼らの、私への評価の基準なり
その中での水準がどの辺りになるのか? 知りたくもあり。
(その他指導側としては「(意外に)彼らにしても、気を遣うのでは?」
 というような予見もありました)

 ちなみにシライ先生への評価の方で、個人的に気に入ったのは

ちょっとのことで目一杯怒らない
 
 個人的にはこれを聞いてバカ受けしましたけど、意外にこれは..
指導の本質を突いた意見だと思いました。
 指導は基本非日常の対応であり、
それにどれだけの時間を費やせるとしても、
圧倒的に長い当人の日常の中の、そのごく僅かな時間を占めるに過ぎない。
 その僅かな時間の中に、特定の不適応行動が見出せたとなれば、
それが客観的に言えばそれほど..
大した内容のものでなかった(笑)としても、
ある程度「大げさに反応する」ことが必要な場合も、あるわけで。


 で、私の方。
当日、前の時間帯に個別対応したケースに
「後で(グループの時に)先生の評価もしてもらうので、
 それまでに思いっきりキツい内容/先生が表情を失うようなのを、
 何かひとつは考えとくように」

 と課題を出しておいたら正にその通り、
いきなり思いっきりキツい!卒倒しそうになる内容を投げつけられました..

 ちなみに
○○する」でした。(←キツくて書けない)
キツいです、それは本当に。
まぁ彼は、先鋒として見事にその役目を果たした訳で。

 その他(上記シライ先生の文脈も踏まえ)
私が言われて気に入ったのは
 
 「ゲームを途中で難しくしない
  
これは言われてみて、なるほど!と思いました。

 私は結構、課題の実施状況を見ながら
”その場でルールを変えていく”ことが多いので。
特に高学年児中心のこのグループでは。

 これもまぁ..
仕事的には、常に簡単な課題を簡単なまま提示し続けるわけにもいかず、
またその「ルールの変更にあわせ動きを換えていく」ことも、
提示した課題の一部であり、適応に資する部分だったりするわけで、
改善については如何ともしがたいのですけど。

 でも子どもの目線からすると、そういうことは当然、
「アンフェアである」と映るのだなぁと。
(実際私が子どもであっても、同じことを感じると思うし)


 その他

「たまには面白いことをする」
 
 とりあえずその評価者は私を..
面白いことをしないヒト」だと思っているのだなぁ、
と、これには少々感心させられました。

自分に甘えない
 
 これは言われて思わず
「えぇぇ!!」と反応してしまいました。
 そのケースは
「”自分に厳しくし過ぎない”と、どっちにしようか悩んだ」
とか言っているので、その段階で既に何気に意味不明なのですが(笑)
(ひょっとすると「自分を甘やかしなさい」的なものと言い間違えたのかも)

 私は..
本当のところ自分で自分をどう思っているかはともかくとして、
周囲の他者からは

「自分に厳しすぎる」 或いはそれに付け加える形で
他者にも厳しすぎる」

という評価をされることが多いので。 
(*私は全ての他者に厳しいのではなく、
 ”プロを名乗るひと”に対してのみ厳しいだけだと、
 自分では思っているのですけど..)

まぁ、ね..

今回の目標提示課題では
「言われた当人は反論してはダメ」
というルールでしたので、
…今年は自分を甘やかすのは辞めよう、
と思いましたよ。はい。


なんとなくジャスティス

6度目 / 報告書

  • 2011/01/16(日) 23:07:07

 クリップとして6度目、2010年度では5度目となるお泊り会を、
実施してきました。
昨年12月に「年度最後であろう」と述べた舌の根も乾かぬうちに..
 http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-239.html

 まぁ「実施する理由が生じた」のでした。
そのために昨年末からケースの選定と募集を進め、
 …結構バタバタしたのですが、
どうにかこうにか今回の実施に漕ぎ着けました。
この時期なのですが6名フル参加、
指導側も4名と最大人数で臨みまして。

 …寒かった(笑) 1月を甘くみていました。

 12月実施時よりも一際、寒い。
でもまぁ花粉が飛んでいないので、私は助かりましたけど。

 
 さて
「お泊り会といえば報告書提出」なのです。私の中では。
 
 合宿では(原則)保護者同伴なので、
同行して状況を把握できる保護者に対し、
終了後に報告書を提出することはないのですが、
お泊り会は保護者をシャットアウトした状態で実施する活動だけに、
そのご様子をお伝えするため、報告書を提出するのです
(と、最初の実施時に自分で決めてしまった。
 今はそのことをかなり後悔している)。

 クリップでは基本的に、
全ての活動について報告書は生じているのですが、
それは基本、指導者向きの文章/記録なのです。
それらを全て「保護者に提示する形式」で書く仕事をしていると..
余りに手間がかかってそもそもの指導や相談の仕事が
回らなくなってしまうし、
そのために要する時間から、ひいては相談/指導の単価も、
無限に上がらざるを得ないので..
 基本的にはこれを提示せず、
保護者の方からの依頼に応じて、
その都度有料で発行することにしています。

 なので
「私の所見が入る、紙ベースの資料」を提示する活動は、
現状では唯一、このお泊まり会だけなのです。

 
 私は..
書けば文章が止まらない/無駄にディティールに凝る人です。
(まぁこのブログもそんな感じですので、分かるとは思います)
 更に報告書を読んだ保護者の方から

「子どもの様子が見えて、面白い」
報告書が読めるので、お泊まり会に参加させている
 ↑それはそれで結構、極端な意見だなぁと思う..

 などのご意見を伺えば、
益々ムキになって、書いてしまう..
(*そして益々、自分で自分の首を締める)

 最近ではその報告書も
A4用紙びっちりに20枚弱くらいは普通で..

 お泊まり会を終え、流石に疲労した体にムチ打って、
撮影した画像の整理とアップロードの時間も加え..
 「6-8時間はぶっ続けで報告書書きをする、二日目の夜」
なのでした。
 その後更にボランティアさんに文書を送り、
内容修正を頂いて、何度も細部を書き直す。
 この段階で意外に..自分の視点や見通し、
情況理解が覆されたり否定されたりすることもあり、
これはこれで大事な作業過程なのです。

 そうして気合入れて書けば書くほど、私の労働単価が下がる感じ..になる
 というわけで今回もこれから.. そんな感じになるのでした。


 私は前の職場に居た頃から、

・自分の子どものことだけではなく、
 「他の子どもが」どういう状況にあるのか?
・その子達と自分の子がどう関わっているのか?

 といったような”横断的”な側面から
子どもを見る視点を与えることができる点こそ!
相談者の強みであると、思ってきました。
 
 経験を積んだ専門家との相談を経て、
個人の!ケースと保護者間での繋がりだけでは見えてこない、
「他のケース」の事例や対処や..”歴史”についての情報を得ることで、
 保護者は結果としてより的確に、客観的に、
自身の子の状況を知ることができると、私は思っているのです。
(偶には「他の子のことなんてどうでもいいから、自分の子の話をしたい」
 と仰る方もいますけど..ね。
 上記観点における私からすれば「他の子の情報こそ、重要」なのです)

 「相談者自身の強み」というのもこれと同じで、
多数のケースの事例や対処法や..”歴史”を知る それ在るが故に、
はじめて専門家は専門家足りえるのだと思います。
 複数のケースのから得られる情報の中から、
「相対的に」子どもやその特性、問題等を位置づける作業をできるのは、
(少なくとも相談の初期段階では)
相談者の側にしかできない作業なのですから。

 そういったわけで、私は..ケースに対し
「この問題に対し、以前にはこういう似たケースがいて、
 こう対処した(ら、こうなった)」
といった情報を提示したり、
必要に応じて保護者と保護者を結びつけたり..
そういう活動を(前の職場に居た頃から今に至るまで)
やや意図的に、行ってきた経緯があります。
(それをより意識的に、強力に推進できるのは民間の強みと言えます)

 ただまぁ..
公的機関だと”個人情報保護に関わる様々な配慮”というのは
当然ありまして(勿論今の私にだって、それはあるのだけど)。

 その種の有形無形の規制の中で次第に情報が削除されていくと、
素のままで提示すれば(提示されるケースにとって)
有意味/有意義であった筈の情報が、
その結果として無味/無意味な情報になってしまうこともあり..

 とりあえず
「ケースに対し有益な情報を提示するという前提情報を蔑ろにしてまで」
意味の低減されちゃった情報提示をしても、ねぇ..
等、残念に思うことも当時から偶には、あったのでした。
(とはいえ..その種の規制の中においてすら、
 当時から私個人は上記発想の下、
 結構好き勝手やっていたような気も、しないでもないのですが)


 いや個人情報保護は大切なのです。多分(笑)

 でもプロである以上、
ケースに対し「意味のある仕事」をしなければ、意味が無い。
 以前にも書きましたけど、
「毒にも薬にもならない仕事」に、
自分の時間を費やしたくないのです。私は。
 
 今はその辺り..
突き詰めれば情報の所有者であるケース個人個人が
「よし」とできるのであれば、
かなりの水準の情報開示を行ってもよいという条件下で仕事ができるので、
情報提示の際にその辺の「有益性の部分」を、
自分なりに、かなり突き詰めることもできる。
(まぁそれで問題が生じたら、
 最終責任を自分でとるというのが「今の私の」条件なのですけど)


 今回のように複数のケースの絡む活動を表現しようと思えば、
保護者の側としては当然、

「子ども(や自分)の恥になるような部分が、他の参加者にも知れてしまう」

 といった類の..
危惧を感じたりする状況も生じるわけですよね、多分。

 私はまぁ..
基本的にはそういう感情の動きも踏まえた上で、
上記してきたように「他児の同様の問題を含む動き」についても学び、
見据えながら、自分の子どもの姿を客観的に捉えることで、
 保護者としての子どもへの見通しが更に深まるのであれば、
それが嬉しいのだけどなぁ、と思っているのでした。

 そういう意味では..
報告書から自分の子に対する情報だけを得ようとするのではなく、
他の子の動向にも気を配れることが..
結果として保護者の資質向上に大いに資するものと、
上記してきた思考及び個人的な様々な経験上、私は考えます。


 ブログ上で何度も繰り返していますが
「真実は常に、ひとを傷つける」のです。
傷つかない/楽しいだけ/面白いだけ/快いだけ/耳障りのよいだけ
の情報提示に真実など、ない!(少なくとも私は、思っている) 
 
  
 で、今回の報告書も、
勿論そんなノリで、書いている/書きたいのですが..
 実は結構「今回については」諸般の事情から

「これは..書いちゃってもいいのかなぁ」
「他の参加児の保護者の方も当然として、
 当人の保護者にしても、
 この情報を知って..果たしてよいのであろうか?」

 といった感じの、比較的濃いぃ事態や、
ケース本人からの情報提示が実施中に頻発して(笑) 

 …結構、困ってしまったのでした。
 まぁこれについては、
これから報告書を「書きながら考える」ことにしますけど。


 「ケースにとって有益な」
情報提示の水準を考えるに際し..
 まぁ、いい機会なので、
自分なりにいろいろと考えてみようかと思います。 

定番
掃除
目黒川
目黒寄生虫館
大崎