好きなものを責められると辛い

  • 2011/02/23(水) 23:23:34

 とある相談場面で。

親御さんから
「戦隊シリーズを見せるのは、(子どもに対し)よいことなのか?」
という質問がありました。

まぁ
・「集団で個人をボコる」
・「勧善懲悪 / 単純」
というのがあの種の番組についての一般的なイメージなのだと思うのです。

折りも折り、先週仕事関係で使う玩具を探して
某トイザ○スを歩いていたら、
若めの父母?の父親の方が

「おれ仮○ライダーとか”勧善懲悪の”が嫌いでさー」

といっていたのを耳にして

 「お前に最近の○面ライダーの何が分かる!!
 「見もしないで好き勝手ぬかすなぁ!」
 「そもそも勧善懲悪って意味知ってんのか?漢字書けんのか?!」

と無意味に盛り上がる/キレそうになる 自分を自覚したのでした。

 今回/最新の戦隊の場合、更に
”海賊”であるというのも、ロールモデルとして如何なものか?」
 という目線もあるわけで(笑)

 実際私も..幾ら戦隊シリーズが時流を追うにしても、
”海賊”という名称を通しちゃいかんのでは?と思っていたので
(”豪海戦隊”とかでよかったじゃんよ、と)
余計になんというか..正面から聞かれると片身が狭い(笑)
別に私が弁護するものでもないのですが、
妙に力を入れて弁護してしまう。 

 私としてはこの質問に対し..
個人的な立ち位置上、非常に応じ辛い(笑)
その質問自体、通常の相談場面で生じたものではなく
選りにもよって、行動分析/モデリングについて
話していた中で発された質問だったので(笑)

 通常/仕事モードの私だと、
「殴る蹴るを子どもに示すのはよくない」
→故にあんな番組はよろしくない、と明言できるのだけど、

 …なんとなくそう言い切れずに、
自分でもいつになく歯切れが悪いことを自覚しつつ、
モゴモゴと(多分説得力の希薄な)回答をひねり出したのでした。

 
 私が戦隊もの、
その他特撮系の番組についてどう思っているか?
書くと長いし無意味なので、書きません。
 
 観ていて”仕事的によい”部分は..

・(好きな)子とは速攻で親しくなれる、

・保護者から(見た目とのギャップの部分で)
 「外見から想像するよりも子ども好きなのね」
 とか思って貰える(笑)

・幼稚園/保育園に行った際、児が身につけているもので
 「3歳年上の兄がいるな」とか、基本どうでもいい洞察が冴える
 (*3年前の戦隊のTシャツを着ているので、分かる)
 程度かなと思います。

 この1年くらいで仕事上目に付いたこと:

・某グループ開始前にそのテの玩具(クリップの玩具は殆ど私のチョイス)
 で遊んでいたケースが、親に(どういう経緯でそうなったのか不明だけど)
 「大人でもこういうのが好きなひとがいるの?」と聞き
 保護者が、明らかに私をチラ見しながら
 「大人でも、いるのよ」と言った

・某勉強会で、この話題になり、
 やはり今考えると不自然なほどの気合で、
 参加保護者達に対しこの種の番組の魅力とか意義を語り
 (「マーケティングの視点で」..とか、思えばかなり無茶言ってた)、
 立場上なんとなく、押し通してしまった..


 そんな出来事を通じてなのですが、
”ひとは” と一般化してはいけないのでしょうけど(笑)
自分のこだわる部分については、それが仕事の上であっても!
冷静に対処できない部分が、
(自分にも)まだあるのだなぁと気づかされたのでした。

 基本的に私は、こと職務においては
冷静さと的確な判断を貫きたい、感情に動かされたくない、
…”マシーン”に徹したい!
と日々思っているのですけど、ね。
(最高に可愛いと思っているケースにも、
 必要があれば冷酷無惨な対応をとらねばいけないわけで)


 実際に現状で、
私が責められて一番困る領域は、
 …意外にほんとにこの辺、なのかもしれません。
(本当はもうひとつあって、
 そこは突っつかれたら本当にキレるだろうなということは
 自分で分かっているのですが)

 ちなみに現時点で一番最近観た映画は、
「ゴ○イジャーvsシン○ンジャー」
でした。面白かったです。

海賊戦隊

複合課題

  • 2011/02/21(月) 00:35:23

 一般にマルチタスク(複合課題)は
シングルタスク(単一の課題)よりも困難と考えられます。

 特に”注意の多角化”とでもいうか、
同時に複数の課題を提示され、
当分に配慮しながら実施することを
”異様に”困難とするお子さんは、結構多い。

 幼児期のケースなどでは特に、
シングルタスクがかなりよくできる!子であっても、
マルチタスクを実施させると途端に課題成績が低下し、
その様子(落差)/度合いを見ることで、
即座に(かなり能力が高い児であっても)
発達障害状況を見切れたりすることは、あります。

*Ex:
 「お盆に複数のものを乗せて、落とさないように歩かせる」
 課題遂行中に最中に「今日の天気は?」
 とか聞かれると、ものの見事にボロボロ落っことす、など。


 基本ひとは初期段階ではシングルフォーカス、
或いは「それに近い」状況にあり、
そこから様々な経験を経て、
じわじわとマルチタスクに対応できる段階に
移行していくのでしょう。

 完全なシングルフォーカス状況=
一時期にひとつの様相(モード)からしか
刺激を処理できない状況は、
極めて稀な現象と言えます。
自閉症のひとなどでは、
本当にごく稀に「見ているときには聞こえない」、
つまり視覚を処理していると聴覚情報がシャットアウトされる
(視覚処理だけで限界)
といった状況はあるらしいですが。
 発達障害状況にあろうが、
まぁ普通は「見ながら聞く」程度のことは
ある程度自然にこなすようになるわけで、
そういう意味で
「完全なシングルフォーカス状況は、稀」と考えられるのです。

 経験を通じて情報処理レベルの複合化が進み、
おそらくはその次の段階として、
行動レベルでの複合処理が、課題として立ちあがってくる。
 情報処理と同じく行動においても、
単独の課題を行っている方が、
複合課題実施時よりも高いパフォーマンスを示すであろう。

そう考えて当然だったりするのですが。
ここしばらく、
どうもそうでもないような状況を目にする。

 直接のきっかけは
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-247.html
で述べた、「ワーキングメモリーを鍛える課題」について
シライと話し合ったことから思いついた課題設定として、
特定のマルチタスクを課題遂行中の児に対し
”意図的に”実施させることを検討して、
実際にまぁ..
注意散漫だったり
特定の(微細/粗大各領域で)苦手領域を持つ子に、
いろいろな形で通常実施している課題にある条件を加えて、
マルチタスクを実行させてみたのですが..

 妙なことに、主たる課題の方のパフォーマンスまで
(例えば書字とか、姿勢維持とか、腹筋とか!)向上したりする。
*ただここで課している付加的課題は、
 先に述べたような突発的な言葉かけのようなものではなく、
 一貫して同時遂行を要求するようなものであったことは、
 注目されるべきポイントかもしれない

 これについて、別に今ここで結論を出すでもないのですが、
ある種の注意/衝動コントロールの悪い状態にある児については、
事前の運動で余剰のエネルギーを「散らす」等の対応の他にも、
課題遂行中に、調整された特定の
「一定の異なる刺激」を与え続けることで、
その処理に”不適切な注意”に割かれるエネルギーが転用され、
結果として無駄な力の抜けた、
より適切な態度で課題に向き合える、
といったような事が起きるようなのです。

*その他の理由から上記現象を説明することも、
 おそらくは、できる。 
 ある種の行為に慎重になることで、
 その意識(慎重さ)が他の課題に波及するとか、
 ある行為を行うことで、
 主たる課題への意識/動機付けが向上するとか

…そんな事柄については、それこそ
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-246.html
で述べた仕事の最初の最初のときに、
引継ぎの先生に教えられ、結構感心したものです。

 なんというか、ひとは、
「不自然と思われる事柄」
「一見すると論理に反する事柄」
が異なる理論から説明されるといったような形で、
”自分の見通しが揺らぐ”ようなときに、
ある種の感動を覚えると思うのです。
 ひとによってそれを快いと思うか、
そうでないかは異なると思うのですが。
…自分の信念を絶対視するひとには不快で、
そうでないひとには快、かもしれませんね。

 実際私は、
その際に受けた説明と感銘を、
今に至るまで覚えていたりするわけで。

 まぁここで扱われているそれも..
”ギャップ”って言葉で
普通に扱われてもいいのかもしれませんね。


 私は..
仕事上はやや過剰なくらい論理を重んじる人間で、
それにはそれなりの理屈があってそうしているのですが(笑)

 その割には結構、ギャップを好むのです。
「自分の見通しや信念をひっくり返すような出来事」を、
心のどこかで望んでいるときを、頻繁に自覚します。
 予想が外れているときも..
それがクリティカルな事象でない限りは!
結構事象それ自体も/予想を外した自分についても 
笑いながら処理することが、多い。
(まぁ”実際に起きる”それらについては..
 私にとって無害な出来事であれば、なお望ましいと言えるのですが。
 当然ながらそうでもないことも、世の中には沢山転がっている)


 世の中も、ひとも、発達も..
自分の見通し通りに進行したり、
全てが自分の思い通りになってしまったら..

 私はつまらないと思っているのですけど、ね。



 特定のシングルタスクを
ほぼこなせる水準にあるケースに対してならば、
そこに意図的に調整された
付加的な課題を組み込むことでマルチタスクとし、
ある意味無限に..
課題を考案して実施することができる。

 課題を新たに1から作るのも、考案するのも楽しいですが、
上記のように課題と課題を適切に組み合わせ、
新しい効果を引き出すというのも..
なかなかに楽しい発想だと、最近思います。



 全然上記と関係ないのですが、
先日の高学年グループ実施中に唐突に思いついた課題:

 「人情相撲
 
 …どういう課題かは、ご想像にお任せしますが(笑)
 自分の中で考えれば考えるほど
”純粋に課題として考えれば、アリ”な気がするのですが..
(現状で50%くらい本気で、やりたい)

なわとび/キャッチボール

B・J課題

  • 2011/02/17(木) 23:00:57

 最近の課題設定:

「ブラック・ジャック(以下BJ)
(秋田文庫版)第一話/原作の第一話でもある
 を通読し、その内容理解を問う」


 発端は、先月、某ケースからその日の聞き取りをしていて
その児が学校で読んでいたのがBJだった、ということ。

*私のBJへの思いについては
 http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-207.html
 を参照のこと

 …どの話を読んだのかな?と児に内容を確認すると、
けがをしたひとがいて」 「BJが」 「なおした

 まぁそりゃそうだけど(笑)

 実際大概はそんな話なのだと思うので
(怪我→病気くらいの違いはあれど)更に追及すると、
(その児の説明から私なりに推定するに)
おもむろにコマひとつひとつの絵の説明を詳細に始めてしまい!
全然コマとコマの繋がり=内容理解のレベルで説明が進行していかない。
 

 …。
この児の一件とは無関係に
「ストーリーのあるマンガやTV番組の理解が悪い」
突き詰めれば状況理解や因果関係での
理解に結びつきづらいケースに対し提示する課題として、
BJを提示するのはいいかも、と思ったのでした。

 その他の根拠としては
・結構地域の図書館/学校等に置いてある
・一話完結である
・一話が20p前後と短い
 (ので読むだけでセッションの時間を圧迫せずに済む)
・面白い!
・ストレートな話も捻りの聞いた話もあり、
 難度/内容もバリエーションに富む

という感じ。

 その他net上でいろいろと、
「一話完結型で、それなりにストーリー性のあるマンガ」
(なんというか..グダグダする系や和み系は結構あるのです)
の中で評価の高いものはないかとあれこれ調べてみたのですが。
 実際問題その中でもBJの評価は、抜きん出ているというか、
ほぼ”別格”扱いなのでした。

*「ドラえもん」も、当然候補にあがってくるのですが、
高度にパターン化されているよさもある一方で、アレだと..
逆に「課題として扱うには簡単すぎる」という問題点がある

 …「MASTER キートン」もありなのかもしれませんが、
いかんせん内容が難しい。
内容的には”中学生から上”レベルだと思う。

*私は10年以上前、とある不登校気味のお子さんの話に付き合っていて
 彼が「世界を巡る考古学者になりたい」というので
「で?それは直近でMASTERキートンか何か読んだから?」と声かけすると
え?!何で分かるの?
 …なんというか、”そういうひとってピュアなのだなぁ”と思った 

 ただそういう「課題として扱う」という観点でBJを読み返すと、
”単純に難しい”内容や、
扱っているテーマ的にまぁ子ども相手の使用が無理!なものも、
(「無免許医」ネタとかも説明しづらくて使いづらい..)
かなり多いのでした。
 あーその他使っている言葉的に無理なネタも結構あるし(笑)
(*文庫版はほぼ修正入っていますけど)

 その中から上記理解課題に使えそうな、
比較的シンプルなネタ、家族や子ども、動物を扱うネタを
ピックアップしている最中ですが、
…1巻(14篇程度収録)につき、1-2話くらいでしょうかね。


 でもまぁ、いざそれを保護者の方に読んで頂いたりしても

「(適用は)難しいでしょう」 という意見も、ある。

 私は困難な課題でも、
実施側が課題分析をきちんとしておいて、
提示情報量を調節しつつ、個々の場面理解水準を深めておけば
”理解への到達”は可能、という立場で仕事をしているのですが、
それでもこの課題の適用については
最低で3年生、丁度いいのは5年生くらいかな?
というのが、現状で幾つかのケースに実施している最中での実感です。

*私自体はこのテの文章/ストーリー理解については
 どうやら発達的に問題ない水準だったようで、
 思い返すと小1の時、貰ったお年玉で江戸川乱歩の
 「暗黒星」(その他”少年探偵団でない方”の著作もろもろ)
 とか買って、読んでいた..
 その感覚もあり、実施前は
 「BJでも3年生くらいなら余裕でしょ?」と当初は思っていた


「同じ課題を複数のケースに同時に実施してみる」
というのは私の職務上の趣味のようなもので

*グループの保護者達などは裏で
 「先生また、子どもで実験してる!」とか語り合っているそうな。
 私に言わせれば、全ての課題実施は、
 それ自体ある程度”実験的な過程”なのだけど。

 検査がそうであるように、多数のケースに対し
同じ課題を実施する中で個々のケースの理解の仕方、
ミスリード(この場合はread)の仕方をみると、
その児特有の適応スタイルや理解の癖が見えてきて、
実に面白いのです。
そしてその認識が、個々の児の認識のあり方についての、
更なる理解にも、繋がる。


 今回使用している第一話は、あるちょっとしたトリックを
読み手が理解した上で進められるかが、
課題上最大の見所なのですが、PDD系のケースはやはり、
台詞としてきちんと明示されている状況については
適切な理解を示す一方で、”台詞とは異なる反応”
が動作として示されると、それに
(それぞれなりに何らかの違和感を覚えつつも)
有効に反応できなくなるといった傾向が強い。
 これはまぁ
「個々の文法は理解できるけど、文脈での理解ができない」
典型的な発達障害状況、ということになるのかなと思っています。
 
 そんな中、現状で唯一、
ストーリーを的確に理解しきった3年生のケースは..
私が文章/物語を適切に遂行する方法論上、
非常に重要であると考えていた「ある行動」(詳細は秘密)
を自発的に実施した上で!理解に至ったのででした。

 この彼の振る舞いには、個人的に
(自分の理論と予測を検証できたという点で)
大いに力づけられました。


 というわけで、今はBJを通勤時に一気読みしているのです。

 様々なマンガを読み込んできた私にして、
未だに唐突に笑いを抑えられなくなるような、
破壊力のあるギャグや台詞回しを繰り出してくるあたり、
流石に”神様”なのでした
(主としてコミックリリーフのピノコ関係で、
 偶にすんごいのがある)


 BJの患者/家族達に要求する多額の報酬は..
(まぁ例外もなくはないけど)基本的にはあくまでも、
患者本人やその家族たち、周囲の者が、

どれくらい真摯に 病気(問題)に 向き合えるか?

という、彼からの本気の問いかけであり、挑戦であり、
同時に正に人々をそう仕向けせるための、手段でもある

 のだよなぁと、理解したのでした。

 …少なくとも今の私には、とてもそう読めるのでした。

「私は 死にものぐるいでなおそうとする患者が 好きでねぇ」
(秋田文庫版 4巻 p50)

 …うちも料金を ケースを見て/時価に しましょうかね..


 今日読んでいた13巻:
「諸君 私は性格として
 手術もせずにほうってある 
 きず口を見るのは がまんできないのだよ
 たとえ死体でもだ!
(秋田文庫版 13巻 p102 )

 私も基本的にはそのスピリッツに同意したい。
死体の件さえ別にすれば。

最後に:

私はセッションの待ち時間に、
書架にあるお勉強系の本など目もくれずに、
漫画(「伝染るんです」とか「バカ姉弟」とか)
を手に取る保護者は、結構好き。

 ま、「(先生が)ここに置く以上、何か意味があるのであろうか?」
と手に取るひとも、いるかもしれないけど。

B・J