転居に関わるあれこれ

  • 2011/04/30(土) 23:30:20

今週から、住所地が変更になりました。

 遠距離通勤のデメリットから開放される喜びは、
(偶に当ブログでも愚痴っていましたけど)
やはりどうも、大きいようです
(一番最近の旧住所地への帰宅の際も
 事故で電車が止まり心底ウンザリさせられた..)
 先日の休日など、
「夕方に思い立って職場に出向き、少し事務仕事をする」
といった芸当を実践できる現状というものを認識できたわけで。
(以前の距離感だと、そんなこと絶対できない)
まぁそこで勢いづくと、
益々仕事だかプライヴェートだか分からなくなるので、
それなりに気をつけないといけませんけど。

 私は..
環境が変化することからかかるストレスが異常に大きい方なので、
これまでも極力、自分を取り巻く環境をとにかく変えないよう、
特に仕事上ストレスが大きくなる時期にはこれに配慮しつつ
人生を送ってきたので..
その分、変化に関わる様々な経験↓を人並みに積んでいない。


 今回いろいろな届出関係で役所に行った際に思ったこと:

 まぁ特定の窓口に行き手続きをしつつ、
それに関連するであろう(と私が思う
他の事務手続きの詳細を聞くと、
担当者が即座に近場の同僚数名と相談に入り、
挙句に上役が出てきて
「当方では分かりかねる。○○の窓口で聞いてほしい」
とのたまう。
で、言われるままそちらに行くと
(予想通り)「(その対応は)うちではしていない」とか言われる。

 ..それについて別に怒るでもなく、
これがかの有名な「お役所のたらい回し」なのであるなぁと慨嘆しつつ
(*まぁ急いでいたら私だってキレてたでしょうけど)、
 …これは偶々私が行った役所の窓口に
特有の出来事なのかもしれんと、周囲に聞いてみても
やはりどなたからも
「どこでもそんなものですよ」という答えが返ってくる。

 その際想起させられたのは..
自閉症なり発達障害なりの、
「自分と関わりのない/興味のない情報には徹底的に興味を示さない」
といったあり方について、だったりしたのでした(笑)
 別に職員個人個人がどうのこうのではないのですが、
組織として..上記したような意味での”自閉的”という状況は、
まぁ民間で普通に仕事をしていれば
基本「ありえない」ものである一方、
役所仕事だと「かなりあり」なのだろうなぁ。
(組織の縦割り構造が強固すぎるとか?)

 私が違和感を感じたのは、どちらかといえば..
私の前に就いていた職場(公的機関)では、
その種の上記したような
「ほんの少しでも自身の業務を外れる対応について、
 基本的に反応しないし思考もしない。思考しようともしない」 
(例えば私だったら..
 利用者に聞かれてとっさに答えられない事柄があれば、
 その場で反応できなくても、気になって調べたりひとに聞いたりして、
 後で同じ状況が生じたときに対処できるようにすると思うのだけど..)
という反応とはベクトルが真逆の対応が普通、であったからです。
(これについては機関の性質としても..
 相談の対応範囲が広く、
 その性質上、他の機関情報を提示することについて、
 元よりかなり積極的であったとは言えるのかも)

 まぁ「お役所の事務仕事」と「福祉の現場」だと、
対応にはそれだけの温度差?
があって当然かもしれないのですけど。
 それは分からなくもないのだけど、
前者の対応って基本的に、
「(利用者である)市民の福祉に沿ってはいない」よね、と。
 その対応の妥当性について、
如何に役所の側から「それなりの理屈」がつけられたとしても、
それに対し人として違和感を感じなくなってしまう
職員/個人というものには、少々寂しさを感じなくもない。

 ある組織に属して、そこのやり方に慣れてしまうと、
「そのシステムのあり方こそ自然/普通/正当」と感じてしまい、
それに疑問を持つことができなくなる。
 故にシステムの批判は、
基本的にその外部から行われなければならない道理なのでしょう。

 私はどのような事物も、
他者との比較によって、相対的な価値基準の中で
位置づけて扱うべきだと思って仕事をしているのですが、
(これまでも何度も何度も採りあげてきた”評価”ですが、
 評価って、基本的に「他のものとの比較」を前提に生じるものだと思う)
 その..”他者との比較”という発想自体、
日々それなりの経験/訓練を積んでいないと
発想しづらいことなのかもしれません。
 お役所自体、原則として同地域内に比較や競争の対象のない、
まぁそういう意味では”絶対的”な存在なのでしょうしね。


 で。

転居先はk奈川県のK市なのでした。
「職場の至近に住む」という発想は元よりそれほどなくて。
「東京都」にも職場のある地域にも、
個人的にそれなりに思うところはあり、
それはここでは書かない方がよいことが圧倒的に多いのですけど(笑)
何よりも「自分の住まいの近所のその辺りに、知り合いがいるかも!」
という緊張感が、私にとってはかなりストレスフルなのです。
(実際現在は、そのストレスが全く生じていない)

 まぁ..
様々な状況下における喫煙という行為に対し
「より厳しい」という印象のあるK奈川に惹かれ、
西大井からのアクセスを考えるとこの辺りかな、と。
結果として多摩川を越えるので、先の規模の大地震でも起きれば、
やはり帰還のハードルはかなり高めなのですけど。
 一方で意外に..職場へのアクセス経路は複数保たれており、
その辺りはかなり満足しています。

 K市は..
品川(から徒歩で行ける)と横浜のキャンパスに通っていた
(そして後者には一時期住んでいた)
感覚としては、「品川と横浜の途中」という印象しかなく、
実際これまで一度も駅を降りたことすら、ない。

 先日の役所巡りに関連して初めて駅周辺を歩きましたけど..
こんなに(*駅周辺は)整備されてて
綺麗で立派な街なのねぇと感心しきりでした。
 横浜についてもまぁ..
今回の転居によって大分アクセスは向上しているのですが
K市についても、これからいろいろと歩いて親しんでみようかなと思います。
(大田区のケースと喋っていると比較的K市のネタも聞くのですが、
 品川のケースだとそうでもない気が..私の気のせいかもしれませんけど)

 新住所地での生活は..
「とりあえず部屋に殆ど何もない!」状態からのスタートでして(笑)
実際引越しで運んだ荷物総重量の9割以上は本だった。

 自分の段取りの悪さに半ば呆れつつも、
(例えば「テレビ台が届いたのに長いことテレビが届かない」ような..
 実際にはそれはないのだけど、そんな感じの..段取りの悪さ)
現在は日々家具やら道具の購入に各所を巡り、
ここ3週間くらいは毎日毎日とにかくもぉ、
ウンザリするほど重たい荷物を担いで歩くことの多い日々なのでした。


 まぁ..当たり前のように身近にあるもの
(冷蔵庫とか!届くまでほんとに苦労した)が、
一度「ない」状況からスタートして、
それがじわじわと充実していくことを..
今はどうにか楽しむよう、努力しています。


 そういった状況や不都合を「楽しめる」のは..
遠からずそれらが満たされることを、
私が把握しているからに他ならないのですが。

 逆に言えば、誰かが何かを「楽しめない」のは、
その先への見通しが立っていないから、なのかもしれません。

K駅

数学

  • 2011/04/16(土) 23:49:15

 中学生のケースについて、
”お勉強をみる”という対応をすることになりました。

 これまでも小学生以上のケースに対し
”勉強をみる”という場面は、
ピンポイントでは、皆無というわけでもなかったのです。

まぁ個人的にはクリップは「塾ではない」し、
塾にしたくもないという認識については比較的明確にあるのですが、
一方で教育の専門家であるというだけでは
理解/対応し切れない、発達障害傾向をもつ児特有の理解の..
ある種の堅さや頑なさに対して、
 私の持っている知識や方法論、
特に個人的な経験から獲得された知見を入れると..
それが比較的上手く機能する場面があることについては
これまでも職務経験上認識していたのです。

 なんというか..
彼ら特有の思考の歯車を廻す方法論なり
アプローチ法なり、キーワードなりに..
自分なりに近づく術を持っているという実感は、あるのです。

 実際私は
「”分からないということ”が分かる」、というか..
個人が何かの学びに際し”引っ掛かる”部分を
感覚的に把握しそれに対処するセンスについては、
比較的以前より自分の中に自覚があり
(10数年前..院生として学部生に何がしかの事を
 教えるといった課題を経て、
 周囲や指導者からその点を指摘されて以後、それを明確に認識し始めた。
 「人にものを教える」という方法論で
 ものを考えることの本質的な面白さを理解したのもこの時期で、
 その意識は今に至るまで継続されているといえる)
そういう意味で..
この時期にかなり真っ当にケースのお勉強に関わる経験を、
ここでしておくのも面白かろうと、思ったのでした。


 私は中学受験の経験者であり、
その受験当時の受験生中におけるポジションからも
小学校範囲の勉強については今でもまぁ無敵、
と言える程度の自信はあるのですが
それでいざ中学に進学して以降..
それこそ2年生辺りの数学領域で思いっきり躓いて!
それ以降の人生で分かりやすく劣等生の道を踏み出した経緯があります。

*一方で「現代国語」についてはその後も引き続き、
 今に至るまで、かなり強かった、と言える。
 これはまぁ読書量と、中学受験時までに叩き込まれた
 国語問題対応テクニックの相互作用と思われます
 (関係ないけど清水義範氏の短編に「国語入試問題必勝法」
 というのがあり、私は当時に読んで結構好きでした)
  その他数年前、諸般の事情で高校当時の資料を漁っていたら
 通知表が出てきて、それを見て初めて
 「政治経済も妙に好成績だった」ことを思い出した..
 よくよく考えてみれば学部生の頃に必修というわけでもない
 国際政治学の講座など真面目に受けていたし
 教育実習(*中学公民だった)でもその辺りかなり力を入れて、
 なおかつ楽しんで授業をできていたなぁと..

 
 しかし..
お勉強対応初回のお題は、数学だった(笑)
しかも私が明確に挫折した記憶のある”座標”..

 それでどうなるものかと内心ヒヤヒヤしつつ指導をしてみたら..
不思議なほど自分の中で理解ができる!
そしてその指導をすることすら、できる。
 当時は絶対に理解できなかった細かな機微も含め、
何故か今の自分には容易に対応ができることに驚異を感じました。

*30歳を超えてからこっち、
 「自分が(知的に)以前よりもマシになった」と
 実感できる機会など、皆無に等しいとすら思ってきたのですが..

 そうした対応の後に思い出したのは..
予備校に通っていた時に
小論文か何かの講師の先生の仰っていたことでした。
当時30歳超であったその先生曰く、

「数学はある程度論理的思考の能力が高まってから改めて取り組むと、
 実は非常に面白いものである。
 自分も中学高校当時は全然できなかったけど、
 今は面白いように解ける。
 なので純粋に趣味として教科書や問題集を買って、解いている」

のだそうで。

 …そういうものなのでしょうかねぇ。
とりあえず今回の対応では..
当時の自分が躓いた状況やその理由も含め、
課題の全体像が把握できるほどの理解を示すことができ..

 個人的には実に興味深い展開となったのでした。
ある意味国語の問題では、
これほどに自分の進歩?を感じることはできない筈なので..


 まぁアレですね。
若い頃の経験則より一度
「自分にはできない」
「自分には向いていない」
と判断して忌避してきたアレやこれやについて..
ひょんなことから時間を置いて対処してみると、
意外なほどできたり、それを楽しめすらするなどということは..

 …意外にあることかもしれませんねぇ。
(*私自身はこれまで、
 そういう類の思考を滅多にしたことはないのですが)
実際そういう感覚を得られる人生の方が、
そういうことの皆無な人生より.. 
若干面白みがあると言えるのかもしれません。

 食べ物の好みとかも、年齢を経ると変わるものですしねぇ
(まぁ↑については..
 「単に味覚が鈍くなった」だけかも)

特に深い理由はないけどラプラス

新年度

  • 2011/04/09(土) 23:23:36

…「いろいろあった」
2011年の3月も、終了しました。

 勿論震災は、誰に対してもそうであるように、
当方の業務や当面の業務の見通しについても、
いろいろと影響を与えてきていたわけですが。

 それを別にしても、事業としては例年、
3月という月はいろいろとあるのでした
(どうも私はそういう..
 「3月はいろいろある」ということを
 毎年忘れてしまう。確定申告の仕方を毎年忘れるが如くに)

 というわけで終盤はやや、
心身ともにドタバタした感じで月末を迎え..


 4月もはや1週間を過ぎました。
本日で今年度の、
とりあえず開始時点での業務一回りを終えました。

 この間にも新規のケースを受け入れたり、
以前に関わりのあったケースと再会したり..
まぁ4月も「いろいろとある」時期、なのでしょうね。


 クリップ的な変更事項として、
職員(非常勤)1名が入りました。

 正直まだ私自身が、
”普通に2名で仕事をしている”状況に慣れておらず、
そのことに無駄にエネルギーを使っている、
気がしないでもありません。

 …3年間ほぼ一人で!仕事をしてきたことには
大変さもまぁ勿論いろいろとあるわけですが、
一方でその底なしの気楽さと
「自分ひとりについて言えば!職場の隅から隅まで、
 仕事の隅から隅まで知悉している」
完全に近い”コントロール感”というものに一度慣れてしまうと..
なかなかその感覚を払拭できない。
 またその、自分が完全に把握しているについて、
逐一他者に教えることの..
不思議さというか不条理さというか(笑)
そういう感覚を覚えなくも、ない。

 いや、前の職場等ではそういう、
他者とコミュニケーションをとりながら仕事をするのが、
勿論当たり前であったわけなのですが。
 職場で近くに他者がいる、という感覚に慣れるのに、
まだ少々時間がかかる気がするのです。

「3年間一人で仕事」していたというのは..
やっぱり長かったのかもしれませんね。はい。
 

 とりあえず土曜日については..
月2回午前にひとつ、午後に二つ、
計3つのグループを廻すことになりまして。
本日その初回を終えました。

 前年度の午前は通常の(小集団)指導枠だったものを
グループに格上げ?したことで、
またぞろ一日でこなす仕事量/
注ぎ込む時間やエネルギーは増加しているのですが..

 とはいえまぁ今年度はどのグループについても、
面子としてはある程度付き合いの長い/関わる頻度の高い
ケースが多いので、
とりあえず比較的落ち着いた出だしとなった..
気がします。



 今年度の目標としては..

 いろいろな場所や機関や組織がそうであるように、
今年はとにかく無理や無茶や冒険をせず、地道に仕事を重ねて..
誰にとっても辛い今の時期を乗り越えましょう、
という感じなのです。

 夏とか..
どうなるのでしょうねぇ実際。
短期的に見れば総体として景気がよくなる見通しなど、まるで無いし。

 そんな時期ですが..皆さん頑張りましょう。ね。

 最後は恒例の?
それぞれ決定したグループ名に関わる画像:

蜜柑
湖
ゼブラ