恐怖なり罪悪感なり

  • 2011/10/31(月) 23:55:33


 合宿も終わって、一カ月超。

 参加した児のうち数名については、
それぞれある程度、その活動及びその前後のフォロー活動に
「関連したものと思われる」ある種の変化、というものについて、
10月の活動の中で目にしたり、報告を受けることができました。


 勿論それらの変化が、
合宿「だけ」で生じたと解釈することにも
ある程度無理はあるわけですけど、
「それが無関係だったと考えるよりは、
 関係があると考える方が自然ななりゆき」
というものが、それらのケースには認められるものであり。
(*保護者の方の合宿参加以後の意識の変化なども、
 これに含まれるものと思われます)


・合宿で、某ケースに初めて生じた「恐怖心」
 というものとその後の状況については、
 先日の某指導活動の中で確認することができました。
 そちらについては..
 私の直接為した仕事ではないのですけど
 (まぁそうなるといいなぁという期待をしつつ、預けていた)
 
 それまでおそらくは、人生の中で深刻な恐怖、
 というものと向き合わずに生きてきた(来られた)であろう児。
  その発達特性や能力、感覚的な特性も含め、
 生来恐怖を持ち合わせない/持ちづらい児、
 というものは、居るのだなぁと思って、常々眺めていたのです。
 (*私はタイプ的にその真逆の方向性をもって幼児期を送っていたので、
 そういう振る舞いを示す児を見ると、今でも不思議に感じる)

  そうした児がたいへん優しい保護者に育てられることは、
 勿論”基本的にはとても宜しいこと”なのですけど、
 それによっては「得られないもの」も生じてくる。

  そんな児が、その種の”恐怖”という感情をもつこと、
 そのような感情を含めたところで、
 「こうしたら怒られるのでは?」
 「こうしてもいいのであろうか?」
 という処理を含め、初めて判断なり行動を行えるようになった
 その姿を直接目にすることができたことについては、
 私は純粋に「結構なことである」と評価しているのです。はい。

・もう片方は..
 まぁここ一年くらい
 以下のようなテーマをもって見てきた児なのですが、
 「自身の行動や判断に絶対的な自信を持ちすぎ」という状況
 (それは高じて独善と他罰に繋がりかねない)
 を脱するために、その自分自身の判断や能力を疑う気持ち、
 自分の存在そのものへの不安や不審の感情を抱くこと、
 ひいては自分の行動に対する罪悪感という感覚について
 それを選択肢のひとつとして、持つこと。

 そんな方向性を目指しつつ、
 特に合宿の前後に対応を行っていたのですが。
 上記のケースと同じく、
 勿論それが全て合宿を経て
 一気に解消する/した という話でもないのですが、
 10月中に受けた保護者の方からの報告の中のあるものは正に、
 児の中にその種の動きが認められた、といった話だったのでした。


 恐怖なり、罪悪感なり。

 どちらも通常ならひと/児の中に忌避すべき
”負の”感情と評価されるものなのかもしれませんが、
私はひとがそれを持たない状況よりもそれを持つ状況を望みますし、
私が関わっている児の多くがそういった感情を生じさせ、
なおかつそれを制御して、適応的な振る舞いに着地させるまで
発達していくことを強く望みます。

 これについては以前にも別の項で述べたことがあります:

・http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-267.html

 負の感情を持たない限りは、
その感情を他者に想定して対処に資することもできないし、
それ以上に個人が人として「深まらない」。

 葛藤を持つ個人、(年齢や能力に応じた)矛盾を抱える個人こそ、
私にとって面白い、深みのある個性なのだと思うのです。
(まぁこれまでも複数回述べてきたように、
 その種の「葛藤を持たないが故のシンプルさ」というものも、
 私が関わる児たちの本質的な面白さであり、
 魅力ではあるのですが、それをただそのままにしておいたのでは、
 私が児たちに「仕事をしている」ことにはならないわけで..)

その他:
・http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-240.html

「バランスをとる」ことの意義についても、
最近某所で講座をしたときにやや強めに話した内容と重なるものでした。

 子育てにとって「よいこと」というものが仮にあるとして、
 ではそれだけをひたすら子どもに与えていれば、それでよいのか?

ということですね。

 保護者の方や指導者でも時に、これについて
「善いものだけ与えればよい」「悪いものは与えなければよい」
という判断をしがちなのですが
(*現場で直接そういう話を聞くこともしばしば)

 多分それは..
いわゆる定型発達児/者にして、
「場の空気を読める」個人については
それでも大した問題にはならないのだと思います。
彼らは「よいこと」だけを教わっても、
それなりに状況の中から
示される/垣間見える 悪い要素をも密かに見出し、
それについても概ね適切なバランスの中で、
自発的に学びとっていくもののようですし。

 でも私が関わる児の多くは、
その局面で、どうもなんというかクソ真面目に、
「どっちか」に強烈に傾倒してしまいがちだったりで。
(私の解釈では”中間でバランスを取り続ける”
 作業が不得手なので、
 とりあえずどちらか明確にしめされた価値観に
 なびいて、その価値観に規定されることで、
 日々逡巡しないことを望む、という感じ)

 で、私の場合には基本、
やや過剰に「ルールを遵守する」
ことに適応して、周囲の大人や子どもの、
その種の”いい加減さ”にイライラしつつ、
その幼児期の多くの時間を送ってきました。
(そのため..やや過剰であることはあっても
 適応はしていたし、問題化もしなかった)

 勿論その与え方、バランスについては
「相対的によい要素を、悪い要素より多く」
ということでいいのだと思うのです。

 でも発達的に..「堅い」児にこそ!
世の中の、そういった..負の感情について、ひとつひとつ、
丁寧に教える機会を持ちたいものだと、

 そのような感情について
それなりに苦労してきた身としては、思うのでした。
私にはその辺りのことを
(私の理解や発達の特性を踏まえて)
適切に教えてくれる身近な大人は、居なかったので。
(別に両親がどうのこうのという話ではないのです)
 多分その辺りの問題をフォローしたのは、
それなりに膨大な幼児期→学童期→今に至るまでの、
読書体験だったのだと、個人的には思っています。

 結構小さい頃から、
ドロドロした人間の情念を描いた作品や、
基本的におどろおどろしい作品が、好きでした(笑)
私に子どもが居たら、
その辺については是非、”早期教育”したいものですけど。

本項との関連は不明な、悪魔

研修で

  • 2011/10/16(日) 23:07:37

 仕事関係(というか資格関係)の研修で、横浜某所に。
(転居して、今や横浜はご近所/となりの駅なのです)

 資格関係の研修には
大した期待をせずに臨むことが多いのですが、
今回は、仕事的にかなり楽しめる/意義のあるものでした。


 知能検査:WISC-犬慮修でした。

当方では開設当時の時点で(*数年後に新型が出ると知りつつ)
靴鮃愼せざるを得なかったのですが、昨年の冬に最新型の犬出て。

 いつか買わねばと思いつつ..
とりあえず検査購入となれば出費も大きいし、
解釈における「動作性/言語系」概念の解消など、
これまでの検査を使っていた身としての違和感というものも大きくなるし、
何よりもこれまで数百のケースにこの検査を実施してきた上での、
「自分の中での」検査についての経験値というものが、
ほぼチャラになってしまうことへの、喪失感なり不安感も大きくて、
とりあえずここまで様子を見ていたのです。

 で、今回の研修。
実力/経験と学識をお持ちの検査の専門家の方から、
この検査の特徴や利点、変更点の詳細や実施の詳細、
その他実施/解釈の勘所についてなどについての説明を受け。

 現場で検査を使う人間にとっても役に立つ内容の満載で、
個人的に大変に役にたつ内容なのでした。

・そもそもが今回の検査改訂自体が、
 各種「発達障害を見出す」機能を高めるため/分析精度をあげるための
 措置であったこと
 (*知的な障害だけでなく、特異に高度な知性を検出するような
 課題設定も新規に追加された、ということで..)

・検査にかかる時間(子どもへの負担量)を減らす措置もとりいれられた

などなど。

 ただ一方で検査実施者が、
靴虜△里茲Δ肪韻縫泪縫絅▲襪鯑匹漾
その通りにこなせばどうにかできた、
というだけでは、どうも済まされなくなっった、ようですね。
 実施中にも(実施課題を選択するなど)様々な判断をする必要が生じたし、
実施者のその辺りの経験や機転を効かせることが重要になってきた
(*この辺り、やや田中ビネーのノリに近づいた感じがします)こと、
 更に解釈に際しても..
かなりのバリエーションや追加措置が生じたことで、
結果的に「実施者/解釈者の力量を深刻に問う」
代物に変わったのですね、という印象です。

 …まぁ「被験者より実施者が大変になる」ほうが、
検査としては真っ当な路線へのシフトと言えるとは思うのですけど。
 実施側も本当に、大変になりますねぇ(笑)
(当然報告書を作るのも大変になるし、
 他者の書かれた報告書/解釈を読解するのも大変になる。
 またその際に情報伝達レベルでの齟齬やミスが生じる可能性も上がる)


 今回の講師の先生の、
検査実施時の態度に関する立場というものは、
私が常日頃から考えていたことと関わるものでした。

それは要するに
「”マニュアル通りの実施”を重視し過ぎて、
 通常の教示や説明で被験児に課題そのものが理解されないまま
 実施したその結果を、真とするか?」

ということへの、意見なり解釈なのですが。

 「マニュアルを遵守する」ということは、
ある意味で大事なことなのかもしれませんが、
課題の意味自体を理解させることやその確認を怠ったまま、
ケースに対し検査を実施することには、
個人的には本質的に意味がない/検査の目的を取り違えている。

*これも福祉の領域で常に生じる、
 扱いの平等と結果の平等、の問題と言えます。
 私は「基本的に」結果の平等>扱いの平等 であるべきだという立場。

 …というふうに感じることが多かった、のです。私は。
ただこの場合の対応も、
「実施側への」負担なりセンスなり経験なりを求めるものであり、
それはそれで大変なことではあるのですけど。

 個人的にはその種の悩みについても、
ある程度参考となる解答を貰えた、ような気がして、
そういう意味でも実に有難みのある研修なのでした。
 講師の方自身が検査のベテランである一方で、
発達障害とその臨床にも豊富な知識を持っているご様子の方だったので、
その辺りについても基本的に好感がもてました。


 結果的にはまぁ、
今回の研修を受けたことで、
クリップしてもこの検査を購入する覚悟はできた、
という感じなのです。高いけど。大変だけど。

 買ったら買ったで、とにかく早めに大量に経験を積んで、
新しい検査に関する自分なりの情報蓄積を進めて、
それを自分にとって「使える」状態にしなきゃいけないのですね..
(いや、実施はできるんです。
「検査」実施に対するある程度普遍的な
 態度や経験というものは蓄積されているので。
 でも解釈が、自分の手に馴染むまでは、大変なんだろうなぁ..)


wisc

説明過多

  • 2011/10/08(土) 23:26:45

 10月はじめの時期は、
昨年の同時期とほぼ同じ行程・旅程で、旅行に出ていました。
(まぁ合宿も終わって、
 ちょっと気が抜けているくらいのこの時期に行くのが、
 何かと都合がよいのです)

 …すんごく寒かった。去年はそうでもなかったのに。
 雨が降ると特に。上の方を舐めてはいけない。


 今回は..自分なりに努力して、
某行動展示で有名な動物園にも行ってきました。

 当初は 
…普通の動物園やんけと思っていたのですが、
本気で巡ってみると、
やはりいろいろと見るべきものはある、のでした。
 行動展示という発想自体も勿論興味深いものですが、
サービスの在り方が全体に押しつけがましくなく、
なおかつ全体に比較的センスがよいので、そういう意味で、
居心地の良さを感じたり。

 …ただ全体に起伏のある構造なので、
お年を召した方や車椅子の方にはきついかも、とは思いました。

 今回改めて思ったこと:
嗅覚が過敏な人間は、
不特定多数の動物がいる場所で働こうとか、
…そういうことはそもそも思わないだろうし、
そういう職種を、最初っから選択肢に入れたりしないのだろうな。はい。


 さて。
動物園の行き来には日帰りのバスツアーを利用したのですが
(私の人生でそういうものを利用したのは初めて)

運転手さんが、もぉ喋る喋る(笑)

 私は読書をしているので、それは基本的に凄く邪魔!
なのですけど、勿論大人なので、
文句を言わないで我慢するしかない。
 まぁ雑談も大量に..なのですが、
地方の風俗というか日々の生活のご様子などもあれこれとお話なさるし、
(建物の構造とか、客のもてなし方とか、冷暖房の扱いとか、いろいろ)
それはまぁ..聞いていてそこそこタメになったりもするのですけど。

 それを別にしても、とにかく基本的に説明過多、な方なのでした。
ツアーの参加者として、バスに乗っている者として..
まぁそんなことは言われないでも1-2秒考えれば分かることでしょ!
というような本っ当に細々したことまで..
とにかくご説明なさる。
(そしてそのせいで自由行動時間が削られる..)

 私は当方のケース(特に頭キレる型の一群)児の多くと同じく
「分かり切ったことを説明される」ことが..
 …本っ当に嫌いなんだよなぁ!と、
今回の経験を経て、改めて思い知らされました。

 私自身、おそらくはそういう性向をベースにして、
示された情報が足りなくても、すぐ他者に聞かない!
まず自分で考えられるとこまで考え、調べられるとこまで調べる!
という行動が、既に身についていしまっているのだと思います。

 他者についても..
基本的に説明過多/過剰なひとよりも、
無駄口を叩かない/必要以上の説明をしない タイプを自然に好む。
説明が足りない場合でも、よほどのことがないと気にしない。

*ひとはひとである以上、基本的な評価基準の軸を
 「自分」に置いてしまうことから完全に自由になることは、ない。
 (概ねこれに対応する、Ego-centric Predicament
 という言葉が、あるらしい)
 その運転手さんにしてもまぁ..
 自分の理解の水準とか性向を基準にして..
 それはもぉ本当にクドくて、
 私としては一時イライラし過ぎて発○しそうになるほど、
 当たり前の情報を大量にお示しになられたのだろうし。
 ま、ご自身も大量の情報を受けるのが好みだったりするのでしょうけど。
  ちなみに私は、その方のひととなりというか、
 在り方自体は嫌いではありませんでしたし、
 イラついても努力して(笑) 終始愛想良くしていました。


 「説明」については..
http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-95.html
にも書きましたっけ。

 特に一対一条件において..
相手に「過不足なく」説明を行うというのは、

・相手の当該事象に対する知識/経験量を正しく見積もる
・相手の基本的な理解力を正しく見積もる

という作業を経た上ではじめて成立するものなのであり、
私が誰かに何かの説明を受ける際、
人がこうしたことをサラっとこなす様子を見ると

「…なんて頭のいいひとなのだろう」と思うのでした。
(まぁ私の立場で、なおかつ一対一条件で、
 他者から何かの説明を受ける機会って、
 意外に少ないのですが)

 通常の相談場面では多くの場合、
情報提示は説明不足か説明過多になりがちで、
前者についてはこちらから最低限の質問をして、
情報を補足すればよいのですが(で、私はそれを嫌いではない)
 後者については..

「あ、それもう聞いた」
 とか
「そんなこと知っているに決まっているでしょ」

とは(大人なので)言えないので..
ニコニコしながら聞くしかありません。
(*…「その真逆の展開」もあることを思えば、
 それは当然そういう対応になるわけで)

 で、偶にケースの児が、そうしたひとや状況に対し、平然と
「それもう聞いた」とか言っているのを見ると(笑)
密かにそれに共感していたり。


 …私が説明過剰を嫌う以上、
プライヴェートは当然として、
仕事における私というものも、おそらくは..
説明過多とは逆のベクトルを向いているのであろうし(多分)

 そうすると、ケースなり保護者の方なりにしても、
(私と同じで「分かり切ったことをクドクド言われるのが嫌い」
 なひとは別にいいのでしょうけど)私の話を聞いて
「…説明が足りない」
と思われたりすることも、

 結構あったりするのではないだろうか?

と今回こういう機会を得て(笑)
はじめて考えたのですが。

 私はまぁ..子どもも大人も、
(まぁ個人の能力や特性にも依る部分はあるのでしょうけど)
「自分で考える」べきことは考えた方が、
問題対処への意識や自己関与率?とでもいうものも
自ずと上がるのだろうし、いいんじゃないかな? 
とか思っているのですが。

 「自分で考える」ということは、おそらくは..
自分で自分の行動に責任を感じる/もつ 
という態度にも繋がるのだろうし。


 いずれにせよ、そういう思考に裏付けられた
私の日々の態度が、ひとによっては

「素っ気ない」

とかいう感じで認識されることは、多々あるんだろうなと(笑)



購入物:

,い弔發涼呂妊Εンド・ツイスターを少しだけ買い足し

∈2鵑亘心儻地で偶然発見した玩具店が、
 東京でも見ないブツを仕入れている超優良店で!
 それだけでも今回「旅行してよかった!」のでした。

 http://www.kinderlieb.info/

 で、つい勇んで買い込んでしまいました。
 特にこれは..ウィンド・ツイスターの流れのモビールですが、
 余りに素敵なので(*お値段もすげぇ)買ってしまった..

 「お値段的に」クリップに出して誰かに壊されたら
 それを許せる自信がないので(笑) とりあえず自宅に飾ります

フィンガーマッチ:これのみボーネルンドで。
 絵柄と扱っている内容が意外に..現状での当方のノリに近いものだったので。

LINJA:都内でも買えなくはないのですが、
 それほど多くは出回っていない。
 個人的にはクリップで使っていてかなり好みの対戦ゲーム、

 SIX

 http://www.hyakuchomori.co.jp/toy/p/NISTF005.html

 と同系統のものです。
 まだ使っていませんが、期待しています。

ゥ丱譽蝓璽福微細動作系の課題?となるだろうか..

ζ以型はめ:これは上記動物園で。
 べたな代物ですが、意外に..
 目隠しでやるといい感じかも(形状の微妙な感じがよい)と思って。

Ъ悒乾沺50円だったし..

┥綉お店の近所のカレイドスコープを扱うショップで。
 カレイドスコープ、テレイドスコープ、複眼のセットなど。
 やっぱり万華鏡は、いい。 

ウィンド

ILLUSA

フィンガーマッチ

LINJA

バレリーナ

動物型はめ

蛇ゴマ

カレイド・テレイド・複眼