ひとりでできるもん

  • 2012/09/29(土) 23:48:05

 合宿が終わったので仕事が一気に楽に!

と思ったら全然そうでもなく..

 最近のクリップでの仕事の忙しさは、
少々異常だと思えるほど、なのでした。
とりあえず月末の事務仕事をどうにかして!終わらせて..
ほんの少しだけほっとしている現状なのですが。

 合宿の残務整理も全然できていないしなぁ、嗚呼。


 最近自分の中で少し気にいっている課題が
「一人神経衰弱」です。
幾つかこれに使えるカード類はあるのですが
Ravensburger社の”キンダーメモリー”が、
一番絵柄に癖がなくて(?) 使いやすい。

 まぁ..ひとりでひたっすら!
カードを2枚までめくり、合わなければ裏に戻し、
また2枚めくり..という、
実に不毛に近い手触りの課題、なのですが。

 示された大量のカードにいきなり深く絶望する児、
まるっきり淡々と取り組む児
(*課題の総量と自身の能力との関係性に
「自覚的でない」という場合もあり、これはこれで注意が必要)、
終始意欲的に取り組める児など..
その課題に対する意欲の在り方も様々です。

 一方でこの課題遂行に際しても
無論「方法論」というものはあり、
それに当初から意識的な児、
実施しながら方法論を検討し自身の動きを変える児、
それでも一向に変えない児、
とにかく同じカードばかりを無意味にめくり続ける児
(*この状態については..裏面になっているカードから、
 一度ならず目にしているにも関わらず!
 その表の面の絵を「イメージできない」
 といった動きを示す自閉傾向の強い児が複数おり..
  表象機能の弱さとはこの種の「単純な記憶課題」にも、
 その前提条件の部分で少なからず影響を与えているのだなと
 妙に感心し、その児等への理解も深まったものでした。
 「単に記憶できない」とか諸々の「能力が低い」
 ということとは、少し違うようなのです )
などなど..実に様々な動きが見てとれる。

(*敢えて言うなら、ある程度以上の知能と年齢層のひと..
 知的機能がそれなりの水準で”完成”されているひとだと、 
 それほど大差ない、概ね共通の方法論/動きに
 収斂するのかもしれません。 ..私は過去に一時、
 「”頭のよい”合理的なひとの動きや思考を読むのは、
 そうでないひとの動きを読むよりも簡単だなぁ」
 とか思っていた時期があった。それが事実なのかはともかく)
 
 同じ課題をいろいろな児にさせることで、
この課題でも児のいろいろな側面..性格傾向とか、
時には価値観?といったものまで含め、
その段階の児を知るに、なかなか面白い課題なのでした。


 カードはとりあえず課題机にびっしり置ける程度の枚数で、
大概の児はそれを見るだけで軽い絶望感を感じる筈ですが(笑)
それでもひとつひとつ..自分のすべきこと、
眼前に示された課題をきちんきちんとこなしていきさえすれば、
それはいつかその残量を減らし、気がつけば半分に、
更にもっと!その数を減らしていく。
その過程には、課題を通じ児が充実感や自信を身につける要素も、
確実にあるのだと思います。

 イヤなこと、できない!と思うことでも、
自分が少しずつでもこなしていけば、必ず終えることができる。
 そういう意識というものを、
課題に向き合っている当の児に
与え、伸ばしていく義務というものは、
児の周囲に居る大人には、あるのではなないかな、と。

 逆にある程度の心理/発達水準に到達した児に対し
「簡単じゃん」と思えるような課題を幾ら実施しても、
それが児にとっての、「本当の」自信に繋がるとは、
私には思えないのです。

 勿論課題を幾らこなしても、
一向に終わらない/終わる端から新たな課題が補充されていくような、
そんな状況設定があれば誰でもいつかは潰れてしまうであろうし、
それは課題設定として不適切ではあると思いますけど。


 故にこそ指導に際しては、実施者として
児の現状/意欲や遂行能力を的確に見切り、
概ね児の能力..児が安定してこなせる課題の、
質量ともにやや上!の水準を
常に示す必要はあるのだと思います。

 
 そんなことを思いつつ、
それとは全然無関係今回新たに気付いたこと:

 ひとはこの種の課題を実施させられると、
他者から見れば結構笑ってしまうほど
同じ位置にあるカードを何度も何度もめくってしまうのですが
(これは能力の高い児も大人も同様)、
それは(上記したような記憶や表象機能の問題もあるけど、
それとは別に) 単に実施者の「腕の長さ」!
手が丁度無理なく届く辺りの位置をつい指してしまうから、
だったりするのでした。

 結局ひとは..自分を宿した「身体」の機能的限界を超えて、
思考したり行動したり..全然できていないんだよなぁ。


キンダーメモリー

合宿

  • 2012/09/23(日) 23:10:31

クリップとしては6回目、
この時期に実施するものとしては5回目となる合宿を、
無事終了しました。

 今回は..
例年実施してきた「敬老の日を含む3連休」での実施が
諸般の事情から果たせず、
実質そこから1週間ずれ込んだ時期での開催となったのですが、
それだけが別に原因というわけでもないのですが、
..結構寒かった!二日目は特に。
例年の合宿では暑さ対策の方が遥かに重要だったのに。


 そして二日目は朝からザーザー降り(笑)

 そのために..これまで足掛け7年くらい温存して、
思い切り気の進まないままに
毎年準備し続けていた雨プロ(グラム)が!
遂にその封印を解いた、のでした。

 まぁ結局は準備してきたそのままの通りには実施せず、
前日の課題実施状況や参加者のノリ等を勘案して、
当日は殆ど即興で課題設定し直したのではあるのですが。

 そんなわけでの雨プロの実施については..
個人的にはむしろ歓迎ですらありました。

 これまでは
「二日目はある程度児たちにもリラックスして遊ばせる」
という方向性の下に昭和記念公園などに行っていたものですが、
それにしたって毎年のように通うと、
個人的にはその展開に..やや飽きもするのでした。はい。

 雨プロの実施..
要するに宿泊先での再度のグループ指導の追加
(ついでに食事指導も1回余分に追加)というものからは..
個人的には結構新鮮な気持ちを味わうことができたのでした。

 実際保護者の方たちの評価もそこそこ高かったようですし。
結果として、こと指導という要素に関しては、
過去にないほどの規模で充実した合宿となったのでした。


 今回は加えて参加人数も過去最大となり!
児向けのグループ指導はともかく、
夜の大人懇親会の方もこれがとんでもない人口密度と熱気で..
 そんなところからも、
活動中にはこれまでにない対応や動きも生じ、
即興で判断を強いられる場面も比較的多く、
それもまた、個人的には新鮮と感じられ..

 概して実施側としては思いのほか、
とても楽しく、充実した感のある合宿となったのでした。

 ..まぁ、「3連休ではない」ので、
日曜日(合宿二日目)を終えて翌日が、
即学校なり職場復帰となると..
夜に真っ当な時間分睡眠をとっている児たちはともかく、
(殆ど”寝たとは言い難い”)大人の側の消耗度や疲労を考えると..
やっぱり「大変な合宿」であったのかもしれません。


 ここまで継続して指導を受け経験を積んできた児たちからは、
本当に大きな、成長を感じます。
明らかな年長者となった彼らが、自分たちよりも小さい児たちに
(まぁ..概ね)適切に関わっている姿を目にするのは、
私の喜びと等価だと思えます。

 真面目な話、個人的な経験から言っても、
「年少者にとっての年長者」というのは、
何気に邪魔だったり(笑) それで即敬意を払う対象となるでもなく、
実質的に大した役割を持たないものですが..
(これについては最近自分なりに腑に落ちたのですが、
 児からすれば年長者の機能や役割というものは..
 ”大人”のそれと比べるといまひとつ、明確に理解しづらい、
 のだと思います。同じ「指導してくれるひと」なら、
 大人の方が遥かに内容が明確だし、ブレないし..)
 一方で年長者にとっての(指導や配慮の対象たる)年少者の存在は!
適応に資する対人関係の指導を入れるにあたり、
非常に有用な存在足りうるのでした。私はそう思います。
「ちっちゃい児と意識をもって関わる」ことは、
少なからずひとを大人に、する/近付ける のだと思います。

 
 もうひとつ。
ここしばらく、自分なりに改めて「夫婦」や「家族」「親子」
といったものについて考える機会が多かったのですが、
そうした目線で改めて見てみると、
合宿参加家族たちのなんと仲のよいことか(笑)

 夫婦関係もそうですが、児と親との関係も..
その年齢でそこまで仲良くするかぁ? 恥ずかしくないのか?
と問いかけたくなるほど、誰も彼も親子仲が、およろしい。
それについては指導上突っ込みたい部分も無くはないのだけど..

 とはいえ家族関係が良好であることは
児の心理的安定に資することであるし、
勿論発達にも(基本的に)資する要素であるわけで..

..まぁその辺りの関係なり認識が良好でない家族の場合には..
家族として「クリップでの指導を受ける!」
という思考や決断にまで、到達することはできないだろうし。


 そういう意味においては、
私は現状で..少なくともクリップ開設以後の私は、
「良い」事例ばかりを見ているのかもしれないのです、ね。
 

 仲良き事は美しき哉、ですかねぇ。


親子集団指導

指導終了にて