ひとつひとつを、丁寧に

  • 2013/01/30(水) 23:36:13

 最近とある書類を書く必要に迫られた、私。

今時大概の書類なんざワープロで打ってプリントアウトすればいいじゃん!
なのですが、その書類はどうしても書く必要がある。
しかも結構な量を。
 
 私と言えば悪筆。限りなく悪筆なのです。

以前の職場で:
外回りの仕事から戻ってきたら、
同僚や部下の方々が私の机に群がって、
私の残した(*自分のための、だと思う)メモを、
あーでもないこーでもないと”解読”していたのを見て
そんな行為をさせる自分(の悪筆加減)に、
心底呆れたことがあります。
(さすがに詳細は忘れたけど、何か緊急の対応があって、
 急ぎでその場のヒトがメモを読む必要が生じたらしい)
..結局当の私も、そのメモを解読できなかったのですけど。

 最近でも..
そもそもメモって自分の記憶の補助のために書くものなのに!
早く雑に書いたメモだと..全然冗談でなく、読めない。

 書くべきものをサラっと、なおかつきちんとした字で!
書いてストレスを感じない..
そんな生き方に憧れることも一度ならず。なのでした。

 で。

 数年前にも概ね似たような書類を書いた記憶があり、
そのデータ(*スキャンして保存しておいた)
をこの際読み直してみたのです。
その時には鉛筆で薄く/おおざっぱに下書きをして、
それに修正を入れつつペンで書き込んだので、
自分としては
それなりに綺麗なものを提出したつもりでいたのですが、
それが実になんとも..酷い字なのでした。今見ると。
こんな書類を読む羽目になるひとに同情するくらい、酷い。
 実際こんな字で書いた書類を提出された時点で
読む側として書いた奴に悪意を覚えるであろうというくらい、酷い。

 そんな事情もあって、
私は堂々と書字の指導をできない
(まぁどうしても必要があれば最低線しますけど)指導者なのです。
というか..
保護者の方に、お子さんについて
「ひどい/汚い 字ですよねー」と言われる字が、
大概は私の字より上手だったりするのでした。


 今回は..
どうしようかなと悩みつつ、
書きこむ文書内容自体はワープロで作って打ち出した後、
先の手続きを抜いて、
直接ペンで清書する流れで実施してみました。

 このとき、とにかく..
ひとつひとつの文字について、
手を抜かずに、丁寧に!
書くことを心がけてみると..
概ね上手く(*あくまで当社比)書けることに、
自分で驚愕したのでした。

 とにかく、丁寧に。
最初にひとつの字を書きだす前に形や大きさまで検討し、
ペンを最初に入れるポイントにも注意を入れ、
書いている最中に不必要に力を入れたり、抜いたりしない。
最後の筆の抜き方にさえも留意する。
そこまで意識を集中し、気を抜かない。

 何よりも..
「ノって書いてはいけない!」のであるなぁと、痛感しました。
 書いているうちにノってくると、
急激に字が荒れて、雑になる。
雑ないつもの字の書き方に、逆戻りしてしまう。
それをその都度意識して、戻す。
その繰り返しをしているうちに..
ある程度適切な力と注意を保ったまま、
書くことの「できる」自分というものを、
はじめて意識できたのでした。

 突き詰めれば..
この場合は「字を書く」という行為において、
私がそれに対して意識の面で「適切な距離感」を得ること、
過度に力を入れたりペースをあげたりするような、
不適切な力みを極力軽減させることが、
重要であるらしいのです。

 そしてそのためには、
そもそもそのような感覚を、
一度自分の中に認識する必要が、ある。
その感覚を喪失させてしまえば、そこにはいつもの..
不適切に力み、ペースを早めることしか興味のない、
ひたすら過去に適応した雑な(=不適応的な)
パターンに埋没する私がいるのであって。 
 そうして発達のどこかの過程で一度確立した、
不適応的な書字反応パターンから逃れられないことが、
私の..書字における不適応の本質なのであるなぁと!

 そんなことを人生○0年目にして、
ようやく気付いたのでした。はい。


 そうした視点をもって..
当方に関わるいわゆる不器用さ、雑さのある児の動きや
誤った/不適切な反応や行動パターンを見ると、そこにも..

微細運動であれ粗大運動であれ、
運動である以上そこには
「身体の硬さ」というファクターも確かに大きく関与しているし、
..考えようによってはそれ自体「不適切な力み」
のひとつの現われということもできるのだけど、
(そう考えるとシライ先生の方法論なり、
 マッサージの効用なりの重要性も理解できる)

 それ以外の局面においてもやはり、
児がそれぞれの不適応状況に際し、
不必要に興奮したり高まったり、緊張したりして..
”ノって”しまうこと!
それが不適切な反応:力の入り方、無意味なハイペース等々に..
繋がっている状況が、見えてきたのでした。
 そしてそれは私の書字と同じく、
おそらくは過去の発達過程のどこかで一度、
その形態で(誤った)適応をしてしまったものであり、
それを適切な方向に修正/フィードバックしていくことは、
発達障害の特性上、簡単ではない。

 とりあえずは自分のその誤りの性質と方向性を、
自分の中にきちんと理解させる必要がある!

 と思えるのでした。
 


 ひとつひとつを丁寧に。


 ひとに言うのは簡単ですが、
それはひとつひとつの事物から、それに関わる自分自身から、
適度な(精神的)距離を置くこと・置き続けることと同義であり、
それを自分の中の”馴れ”の部分を一旦鎮めつつ
同時に注意深く実施していくことは、
発達的に堅いひとにとっては..
やはり容易なことではない、のだと思います。


 ..「字の綺麗なひと」っていうのは、
勿論日々そんなことを考えているのではなくて、
どこかの時期に適切な距離のとりかた、書き方と書く姿勢、
精神状態を身につけてそれに適応し、
既にそれを自動的に(いちいちそれと意識することなく)
こなせるようになった状態、なのでしょうね。
なんとも羨ましいものです。


書字イメージ

合宿(7)

  • 2013/01/13(日) 23:21:14


 クリップとして、7回目の合宿が終了しました。

 昨年の1月に実施した合宿から参加者が一気に増え..
(*指導側も計7名と過去最大)
今回については、
2年目にして9月の合宿と同程度の規模となりました。

 9月実施時に概ね顕在化していた運営上の課題については、
今回はある程度意識的に対応することができました。
その分新しい課題もチラホラと生じはしたのですけど..

 とはいえ運営上はなんかもぉ..
保護者の方々に細々としたお手伝いをお願いするような展開が..
普通になっちゃってきています。
それは有難いことではあるのですけど..
運営責任者としてはもっときちんとせねばならないし、
細部まで気を配れるようでなければならないなと思うところも
多々..あったのでした。


 今回はお父さんの参加が多く、
指導者側を含めた大人の男性比率が、
初めて女性を上回りました。
 個人的に子どもの母親と接する機会こそ多く、
そういう意味ではある程度慣れもあるし
見通しもつく状況にはあるのですが、
まだまだお父さん、
特にお父さん「たち」と関わる機会は少ないので、
今回は合宿という機会を通じて、
当方と関わりをもつ子どものお父さんたちが、
何を感じ何を考え、
どのような知見や思考を経て当方と関わっているのか..
などについて..個人的には多くの収穫を得ることができました。
そしてそれは、実施前から私の個人的な課題でもあったのでした。


 その中での私自身は、
それこそ昨年実施時の、概してゆったりとした流れ

http://clipsince08.dtiblog.com/blog-entry-282.html

 とは異なり、
大所帯を切りまわすことで全般的に余裕を欠いており..
夜の勉強会では、
それなりにここしばらく考え込んでいたことや、
述べたいことを述べたこともあり..
基本的にその辺りで燃え尽きていたのですけど。、

 その分指導側約1名がまた夜の懇親会で、
私の期待を遥かに超えて頑張ってくれちゃいまして..
昨年に続いてこの時期の合宿として、
とんでもなく濃いぃやりとりの夜、となったのでした。

 それにしても最後まで残ったメンツの
就寝時間は4時半過ぎ..
新記録ではありますけど、
流石にこんな時間まで頑張っても、得るものはないな(笑)
と確信するに至りました..

 
 そんな中で幾多の話題を経て、
つらつらと考えることは、詰まる所は

個人にとっての幸せとは何か?」 

 ということに尽きるのではないかと、
私は思うのでした。今回も。

 そういう観点を抜きにして、
療育なり発達相談なりは..
決して成立しえないのだと思います。

 そしてそれには短期的にも長期的にも..
「絶対的に正しい」答えは、
おそらくあり得ない(と、私は思う)。

 だからこそ..
子どもの発達障害をどう捉え、
どう扱うかということは、
それ自体扱いの難しい問題であり、
対処の困難な課題である。

 ただ、決して正しい答えにたどり着けないことを承知の上でも、
そこに近づこうとする過程を持続させることは、おそらくはできる。
個人的には結論の正しさよりも、
その過程それ自体の方が..
人生においては重要な意味をもつのではないかと、
私は思います。

 私もそんな中..
同僚と同じく、昨年の自分とは違う/進歩している!とか..
言い切れる自分であればよいと思うのですけどね。

 私は依然(*仕事上の私はともかくとして)
上記観点について..
悩みの海の中に在るのだと思います。

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