インフルエンザに思う

  • 2009/05/03(日) 23:46:13

豚インフルエンザ、ですね。

とりあえず現状では国内で大きな問題には至っていないものの、
…常識的に言って「水際での阻止」は不可能だろうし
(「現時点までに日本にウィルスのキャリアが存在しない」
 というのが万が一にも事実だとすれば、
 それは物凄く奇跡的なことだとは思う)
検疫体制もこのままの水準で秋冬まで継続できるのか?
等、いろいろ思うところはあるのですが..

 今回の件は、世界的に
「新型のウィルスの発生が確認され、それが世界に蔓延していく様子を
 リアルタイムで観測できる/またその対抗策も一応存在している」
という意味では、医学的には当然のことですが
人類史上でも画期的な出来事だよなと思って眺めています。

…そういえば「銃・病原菌・鉄」
http://www.amazon.co.jp/%E9%8A%83%E3%83%BB%E7%97%85%E5%8E%9F%E8%8F%8C%E3%83%BB%E9%89%84%E3%80%88%E4%B8%8A%E5%B7%BB%E3%80%89%E2%80%951%E4%B8%873000%E5%B9%B4%E3%81%AB%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%82%8B%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%8F%B2%E3%81%AE%E8%AC%8E-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%89-%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89/dp/4794210051 
って、前々から読もうと思っていたけど、読んでいない..


 とりあえず「鳥インフルエンザに比べれば」毒性の弱いウィルスであることは
結構なことですが、ウィルスは大量の感染者を経る中で変容する可能性も高まってくるし、
その過程でより強力で感染力の高いウィルスになる可能性もなくはないという意味で、
やっぱり世界的に「感染者をひとりでも減らす」ことが大事なことなのは確かです。

*「ウィルスの振る舞い」には、個人的にとても惹かれます。
 コンピュータウィルスも、よくもまぁ適切に名づけたもので!と思う。
  ある種の生体なりメカニズムなりが別の固体と関わる以上、
 そこでは必ず何らかの「情報」のやりとりが成立するし、
 その情報は次の何か/誰かに伝わる際には必ず伝える主体の在りかたに影響を受け、
 「何らかの変容」を遂げていく..
 ひとの行動や社会の規範「文化」や言語、お笑いだって、同じように
 ひとを介して伝わり、伝わる中で変容を遂げていく..
 ↑ミーム(meme)なんて概念もありますねぇ。

 今回のウィルスについて言えば
「蔓延を防ぐのは無理なのだろうな」と冷酷に眺める私がいます。
超個人レベルとしては極言すれば、
「感染したとしても自分さえ死ななければ大丈夫」
程度の認識であったとしてもよい!わけですが、
実際にはそれでは済まない。
 勿論抵抗力の弱いひとにとっては大変な脅威だし、
先にも述べたようにウィルスが変容して遂にはとんでもない規模で
世界に被害が生じることも考えられなくもない。
*一方で「ウィルスで全人類が死滅」ってのも基本的にはリアルじゃない。
 ウィルスだって増殖するためにしていることで、宿主を殺すのが目的ではない..

「自分や自分の属するコミュニティ、社会、国家が、
 この種の事柄を適切に処理せず、その場の利益や欲求のみを追求することは、
 人類全体にとって脅威となりうることである」
という認識に立ち、ひとりひとりがマスクをしたり、うがいや手洗いを励行したり、
検疫に快く協力したりする、そういう動きを見ていると、
その裏に個人の枠を超えた「比較的高度な他者視点」の存在を想定することができます。
 というか「人間はこの種の困難に向き合えば、必然的にそうならざるを得ない」というか..
 それは人間が基本的に「優しい」とか「人間の性は善だ」とかいうわけではなく(笑) 
状況が少しだけ回りまわれば直ぐに自分に跳ね返ってくるのが、
この場合には目に見えて分かるからだろうなぁと思うのですが..
 私としては「他人に気を遣う」ということの前提は
「その問題を他人のこととして捉えず、自分の問題とする」
ことなのだと思うので、それはそれでいいのです。

*ただ「この種の動きを厳格に実施したい」という観点で動く
 国家なり管理者の側からすれば、
 この期に及んでメ○シコなり諸外国に観光旅行をしたいなんて、
 個人の欲望を追及する動きをとる人たちってのは、
 すっごく迷惑な存在なんだろうなって、思う。
  私自身が↑に同意しているかどうかは別にして、
 「管理する」ってのはそういうことだろうなと思うという意味で。
 管理者がその種の動きを強引に止めるだけの権威や権力を持たない/持てないがゆえに、
 世界中を何の気負いもなしに行き来することの可能な今の世界において、
 この種のウィルスの蔓延を止めることはできないのは、自明なことと思われます。
 私たちは基本的にそういう社会を是としているのですし。

 とりあえず「ひとに迷惑をかけない」というのは
適応上大事なスキルであることは言うまでもないことであり、
この機会に子ども達が「ひとに咳や呼気を当てないよう配慮する」とか、
うがいや手洗いを注意して行うのは、大変結構なことだと思うのです。

*以前対応していたお子さんで、
 他人の呼気や咳を浴びるのを異常に嫌うお子さんがいたのですが、
 私はその気持ち、すんごくよく分かった(笑)
 発端は辞典やニュース番組などでウィルスの画像を見たり、
 その毒性のイメージを過剰に受けてしまったことにあると(多分)思われるのですが、
 かくいう私も、小さい頃からその種の行動を常人より明らかに嫌う!
 傾向が強かったので(今も少しある)..


 別の話。
 先日ケースのお子さんが学校でインフルエンザ関係の指導を受けてきたので聞いてみると、

(あなたが)インフルエンザになったらどうするの?
?「学校に行っちゃいけない」
どうして?
?「ウィルスが進化しているから」(笑)

?が?と論理的に繋がっていないのがミソですね。
情報が断片的にしか解釈されないとそんな感じ、ですね。
まあ子ども(小学校低学年程度)の理解ってそんなもんだよなぁと思うわけですが。
(”進化”とかって概念はやっぱりポ○モンとかで優先的に入るのでしょうか?)
 このお子さんの場合、よくよく聞けばウィルスが感染することも
きちんと説明されており、理解もしていたようですが..

 うがいはともかく「手洗いって何で必要なの?」って部分に、
しばしば教育する側は応えていない気が、しています。
 要するに手は非常な頻度で口や鼻に近づく。
同様に鼻や口から手に移ったウィルスが、
その手を介して別の様々な物に付着している可能性がある!
だからこそ、「手をよく洗え!」という話になるのですが、
少なくとも私は、小学校の頃はそうは教わらずに
「手をちゃんと洗え」と言われてきた。

 以前にも別の項で述べましたが。
適応上必要なスキルは、多くの場合
「理由を教えずに行動を押し付けて定着させることができる」
のも確かなのですが、実際には理由もきちんと理解させたほうが、
より適切に学習(及び行動の変容)がなされるし、その定着度も高まると思うのです

…そういった事柄は、
かなり大きな枠組みの中で「他人に迷惑をかけないように」
といった類の学習を要する今回のウィルス関連の話と並び、
子どもたちにきちんきちんと教えていけるといいなと思うのですが。


…やっぱりこの話、
本番はどう考えても秋ー冬、だと思うのですけどね..

インフルエンザ

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